2018/06/17

テーセウスの船の命題

アイデンティティーに関する論文を読んでいると、物に関するアイデンティティーを扱った論考も珍しくありませんでした。

一つの定番の命題として「テーセウスの船」がありました。


テーセウスの船があった。度々修理を重ねて、板を交換しながら使い続けているうちに、とうとう全ての板が新しいものになった。この船は、元のテーセウスの船と同じと言えるか。
一方で、修理の際に取り外した板を再利用して、同じ形の船を作っていったとしたら、修理を重ねた船と、リサイクル板の船と、どちらがより、元々のテーセウスの船と同一であると言えるか。


似たような例として、イタリアのポンテ・何とかと言う橋の命題もあります。橋を再建したら元の橋と同じものなのか?といったようなことです。
また、人物に適用した例として、メトシェラの命題というのもよくありました。


メトシェラ(旧約聖書の人物で、箱舟で有名なノアの祖父)は969年生きた。すると、1歳のメトシェラ=2歳のメトシェラ、2歳のメトシェラ=3歳のメトシェラ、…(以下略)というのは、明確に真であるとも偽であるともいえない。


どちらも、そのものが少しずつ変わっていくので、「transitivity of identity」等と表現されていました。

これを論理ではなく日常生活レベルで考えると、よく観光旅行で見る歴史的建造物や、何かの重要な物(例えば銅鐸や土器等)が、再建・復元であったりした場合に、「何だ、本物じゃないのか」と思ってしまうことがあります。そのような、普段の感覚・感情レベルで言えば、作り直したものや再現したものは、元の物と同じではないと考えられます。
人間のケースに関しても、通常の感覚レベルで考えれば、1歳、2歳と1年単位どころか、1日単位でも、大きく異なると考えられるケースもあります。いや、一瞬で激変するケースもあるでしょう。

論理的には、テーセウスの船は、修理を重ねた方がより元の船に近いとされ、メトシェラの命題は、昨年の自分イコール今年の自分とも、そうでないとも、どちらとも言い難いということになります。

結局は、物であれ人であれ、アイデンティティーはどこに宿るのかという問題になります。テーセウスの船にしても、板は新しいものになっていくとしても、船は継続的にテーセウスが所有し利用しているものであるという属性は同じままで続いていますし、部品を交換しているだけなので、船のデザインや性能等も変わりません。何が同じならば同一とするかという問題に収斂するわけです。

人間に関してはもっと難しく、思考実験として、脳の移植がよく引き合いに出されます。

仮に右脳と左脳が完全に同一の機能をもち、半分でも問題なく生きていけるとすると、自分の脳を半分ずつAさんとBさんに移植し、しかもその身体が自分のクローンであったら、どれが「自分」なのか?(ある論考によれば、「私」の存在は消滅し、別個の存在ではあるが最初は激しく似ているAさんとBさんになる。1つのものが同時に2つのものではあり得ないので、Aさん=Bさんにはならない。別の論考では、AさんもBさんも「私」ではない、とされる。更に他の論考では、AさんBさん共に自分なのであれば、AさんとBさんが同一人物となり矛盾するが、かといってどちらとも選べないので、そもそも、アイデンティティーは重要な事ではあり得ないと指摘。) 脳内の情報を全消去して移植したらどうなるのか? 脳の半分を他人に移植し、自分が死んだらその他人が存在し始めるが、自分が生き続けていたら「自分」はどうなるのか? 自分の脳を自分のクローンの身体に移植したらどうなるか?

なぜかこういったテーマでは、ブラウン氏とロビンソン氏が移植に使われて、ブラウン氏の脳をロビンソン氏に移植してブラウンソン氏ができた、ということにされていました。
ブラウンソンは意識的にはブラウンなわけですが、身体はロビンソンなので、例えばもしブラウンが痩せていてブラウンソンが肥満であったら、ブラウンソンとしては、結構違った自分になった気がするでしょう。少しずつ太っていくのとは違いますので、ある日突然華奢な人が巨体になったら、体型はその人の本質とは関係ないものであるにも関わらず、かなり自己認識に影響を及ぼしそうです。

他によくあったのはSFテレビドラマ・映画のスター・トレックシリーズについてで、スター・トレックに出てくる転送装置を経たら、その人は同一なままなのかというトピックです。
転送装置は、人間を分子レベルまで分解し、目的地に再現することで、瞬間移動とまではいかないまでも、かなりすぐにどこかへ移動できる物で、例えば大型の宇宙船でどこかの惑星に行ったら、着陸船を使わず、艦内から直接その惑星の地表の希望する地点へ行けますし、そこから艦内へ直接帰れます。一旦分解されることになるので、転送機を嫌がるキャラクターもいます。転送機は物にも使えます。スター・トレックの世界で転送機は日常の移動手段ですから、その度に自己同一性が損なわれているとしたら、大変なことになってしまいますが…(笑)。

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