2015/02/27

子供の誕生

フィリップ・アリエス(1914-84)著『<子供>の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活』(みすず書房、1980)を読了しました。素早く読む為、又日本語で執筆する論考に使う為さしあたり訳本で読みましたが、小さい活字で2段組で400ページ弱。ノートを取りながらということもあって、パソコンも殆どつけずに一日中読んだのに4日ちょっとかかってしまいました。

特にこの分野に昔から注目していたという訳でもなかった私でさえ以前から何となく聞いたことはあった気がする程有名と思われる書籍です。人文科学方面で子供研究をするなら先ず本書を読まなければ始まりません。

原典はフランス語で、原題はL'enfant et la vie familiale sous l'Ancien Régimeで、1960年に出版されています。間もなく英訳も出版され、英語の題はCenturies of Childhood―A Social History of Family Lifeです。何か日英仏でニュアンスの違うタイトルになってしまっていますね。

アリエスが「中世には子供という概念はなく、それは17世紀18世紀に出現したものだ」と主張したということで本書は賛否両論様々な論争を巻き起こしました。アメリカでは普通に売れた本であったようです。
アリエスは出版当時通常の勤務をしながら「日曜歴史家」として研究を重ねており、大学などに所属していなかったために研究者たちからはスルーされていたそうですが、本書の出版でさすがに研究者たちも彼の言説に注目することになったようです。

本書の為のリサーチには10年を費やしたとのことですが、とにかく膨大な資料が駆使されていて、よくもまあここまで調べたなと思います。
本当によく調べてある一方で、本人が新版の序で述べている通り、中世に関するリサーチはやや少ないまま各種の主張がされている印象を受けます。


さて、私も遥か前から「そもそも子供っていう概念は最近のものなんでしょう」等と何の疑問も無く言っていたぐらい、アリエスの説は影響力が強く、賛成する人も沢山います。確かに、子供とは専用の教育や世話が必要な存在である、という考え方は現代らしいものという気がしてしまいます。現代は大人になるのが遅くなっているとも言われ、日本では成人式をした20歳でもまだまだ子供と思われたりもします。教育期間も長くなってきています。それに対して(単なるイメージでいえば)寿命もやや短く生活も快適でない昔の時代は自立が早そうですし、「まだまだケアが必要な子供」として育てている余裕はなかったのではないか、なるべく早めに大人と同じようにさせたのではないかと思ってしまいます。機械類もない時代、労働量も多いでしょうし。

一方で当然本書の内容には反論も多く、手厳しい批判もたくさん為されています。それを言ったら子供の概念なんて今だって国や文化によって違うでしょうとか、そもそも時代が下るにつれて社会が進歩し良くなっていくという前提に立っている論だとか、当時乳児死亡率が高かったからって子供が死んでもあまり悲しくないやーってことはないでしょうとか、中世のことをいうのにもモリエールやモンテーニュに依拠してる、等の批判です。

但し、通読してみるとアリエスは「中世に子供という考え方自体がない」とまでは言っておらず、「私たちが抱くような、子供に対する認識はあまりない」という程度の主張であるように思います。
本書におけるアリエスの議論では、流石に乳幼児期は別というか、そもそも大人の世話が無いと死ぬような時期というのは勿論在って、但しそれを過ぎてまあ7歳ぐらいになれば(昔は離乳が遅かったとのこと)大人と一緒にされたということです。服装も特に変わらないし、絵画でも身長以外子供らしい特徴はなく描かれている。子供の死亡率は高く、子供を失うのは日常茶飯事であるために、亡くしてもまあまた産めばいいか、という感じで恰も消耗品的な、取るに足らない存在であったのです。それが段々、かわいがる存在になり、大人とは別にされる存在になり、かけがえのない存在になり・・・そしてその変化は17世紀前後以降の話ということです。


あまりにボリュームが凄かったので、一寸まだ内容を消化しきれてませんし、本書は歴史寄りのアプローチですからこれをどう文学に持ち込むかはまだ考察しきれていないのですが、もうちょっと他に論文も読んでからブレインストーミングでもしてアウトラインを練りたいと思います。学期が始まると多忙ですから、急がないと。

論旨とは関係ありませんが、この『<子供>の誕生』においては現代であれば問題発言ととられるような記述もみられました。上述したように、昔は子どもがどんどん死んでしまうから、取るに足らぬものだ、と述べている箇所でアリエスは、それは今の中国人の無感覚と一緒だ、と述べているのです。他にも、中世つまり彼の主張では子供期という観念のない時代について記述する際に、現代のイスラム世界みたいなもんだよ、というような調子の所が複数ありました。アラブは中世的だ、というわけです。
アリエスが存命であれば100歳。前の世代の人が昔書いた本だからと言ってしまえばそれまでですが(今も、「差別的表現があるけど原典の芸術性に鑑みて敢えてそのままにしてあります」というような但し書きがある本がありますよね)フランスで生まれた著述ということもあって、どうしても時事問題のことを思い起こしてしまうのでした。

さしあたりアリエスの「死亡率高いから子供死んでもそんなにショックなし」の議論から文学関係ですぐに思いついたのは、中世ヨーロッパで各国語版が出来たAmis and Amilounの物語です。この物語では、ハンセン氏病の友人を癒す為にわが子を殺してその血で友人を洗うというシーンがあるのですが、さすがにわが子を殺すのは辛い訳です。しかし結局斬った後に「子供は神様が、御意志ならば、また送って下さるだろう」などと言う上、子供殺しを知った奥さんでさえ全く同じことを言い、友人のほうがかけがえのない存在であることを指摘します。これは乳児死亡率とは無関係の話ですが、「まあ子供はまた出来るだろうし」という考え方は共通。これはもう普通に読んでいて「酷い!」と思いましたけどね。


先日、児童文学の学術雑誌(米国)に中世を扱った論文が意外と何本も掲載されているのを見つけましたので、まずはそれらを全部読んでみようと思います。