2014/05/09

一般サービスのネイティブチェック

ネイティブチェック、つまり英文レポート、論文、原稿などを書いた時にネイティブスピーカーに英語のミスを直してもらう作業に関してはこちらの以前の記事に書きました。

ここで、エディテージやIRIS INTERNATIONALなどの一般のサービスによるネイティブチェックについても触れましたが、こういったところは迅速、徹底校正ですが高額なので、非常に分量が少ない場合(要旨など)の場合には良いと書きました。

しかし一つ大きな問題は、彼らは門外漢だということです。非常に多くの分野に関して専門的知識を持った人材を揃えていることがPRされていますが、やはり中世文学の知識を求めるのはあんまりでしょう(苦笑)。
全く分野の違う方が英語を直すとどうなるかというと、すさまじい勘違いが起きてしまうことがあるのです。私の英語力が不足しているだけかもしれませんが、修士論文、博士論文、雑誌論文(2本ぐらい)、レポートなどを専門分野のネイティブスピーカーに直してもらった時はこのようなことはありませんでした。
例えば以前、中世の修道院長アエルレッドが聖書の一節を執筆したというふうに直されていた時はさすがに驚きました。聖書の著者が中世の修道院長だとは!これは専門的知識以前の問題ではないでしょうか。
そして今度は、『ゲスタ・ロマノールム』という物語では友情の大切さが強調されている、と直されました。しかしゲスタは教訓的物語集であって一つの話のタイトルではありませんし、従って本全体が何かを一貫して訴えているということでもありません。それが知られていないこと自体は当たり前なのですが、英和辞典だけで調べがつくことでもあります。
写本では物語と年代記が一緒に合冊になっていることがあるという箇所では、物語が年代記の中に組み込まれていると直されてしまいました。

まあそういったことが重なって、主張も事実も大幅に異なる英文が出来上がってしまい、これではとても提出できないので、クレームをつけないタイプの私もさすがに訂正点を送信したところ、日本語では通じないということで、英語で一生懸命書くことに・・・タダでやり直しさせるということになりましたが、結果はいかに。


さて、こういった一般サービスの英文校正のもうひとつの特徴は、徹底的に直すあまり文体などからして全く違うものになるため、自分が書いたものとはいえないような英文が出来上がることです。
英文科外国人教員や、先程リンクした以前の記事で紹介したJeremy Lowe氏のサービスなどは基本的には間違いを直して下さるものなので、自分で書いた英文と根本的に違うものにはなりません。
前者の直し方の方がネイティブっぽいこなれた英文になっているかもしれません。しかし、あまりにも自分で書いたものが残っていなさすぎて、何だか剽窃したかのような気分になってしまうほどです。「この論文は自分で書いたものだ」と胸を張って言えない感じです。校正者の方が書いた英文と言った方が近いからです。
一方後者の直し方では、こなれ具合がイマイチなのかもしれません。外国人が書いた英文だなーという印象を与えるものかもしれません。しかし、自力で書いたものだ、と思えるものに仕上がります。
一般論としてどちらが良いのかは分かりませんが、自分自身としては後者の方を選びます。いまひとつな部分もあるかもしれないが、これが自分の力で書いたもの、英文が多少良くないなという部分はひとえに自分の責任、と正々堂々と言えた方が良いです。アメリカ人ぽく書けているかもしれないけれど、これ、ほとんど自分が書いた英文じゃないし・・・というのはすっきりしません。

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