2013/06/23

第5回西洋中世学会

今年は中央大学多摩キャンパスで開催中です。このキャンパスは一昨年の日本中世英語英文学会東支部研究発表会で訪れましたので、ちょうど2年ぶりです。片道1560円の道のり(!)をはるばるやってまいりました。しかし今調べたところ、大学1年の時は電車走行距離でいうと更に2キロ長い道のりを通っていたようです!

さて、今年は土曜日の自由論題報告(研究発表)を聴きに行きました。この学会では時間の超過や会場の収容人数の問題(いつも立ち見或いは補助席?使用者が出る)が気になっていましたが、今回はその双方ともが改善され、タイムキーピングがしっかり行われ、会場も大教室が使用されており余裕がありました。人が多すぎて着席できない事があるからと思いやや早めに行ったのですが今回はその必要はなかったようです・・・

発表は2~6時で5本、歴史・文学・美術など様々な分野からの報告が行われました。途中、
「現在、冷房を運転しています。窓が開いていると冷房は効きません。窓を閉めて下さい」とか何とかいう非常に当たり前すぎる内容の力の抜ける校内アナウンスが入った挙句

「繰り返します。」

と改めて放送が繰り返され会場大いに脱力、失笑致しました。

今回の会場は、遂に収容人数十分な教室が確保されたという点では非常に良かったのですが、どうもマイクの調子が思わしくなく、ワイヤレスマイクの赤外線が向きや持ち方によってすぐつながらなくなったり、教卓のマイクも音がもごもごしてしまう感じで聴き取りにくいなどの問題がありました。その為、発表も一生懸命リスニングする感じになるところもありました。

内容に関しては例年通り、自分が詳しくない分野の事は内容をフォローしにくいこともあるのですが、何か一言説明的な語句を付け加えたり喋り方を工夫したりすることで、専門分野が多様である聴衆により伝わりやすくなるのではないかと思いました。十字軍及びイングランド宮廷という歴史と文学テクストの連関をみる発表が在りましたが、物語文学の作品により直接的に史実との関連がみられたり、作品自体が年代記の文脈に取り込まれている物もあります。文学と歴史というのは私が以前から常々、併せて考えねばと思っている箇所です。
文学と美術というのも同様です。例えば死生観は何らかの著述にも、教会の彫刻や絵にもあらわれますし、今回の発表で雅歌の註解を彫刻等にみるという視点も文学の人間からみれば新しいものでした。聖書等の注釈、註解というのは中世英文学研究の分野でもよくあるトピックです。余談ですが、無宗教の人間は聖書を字義通り読んでしまいますので、雅歌を読んだ時は聖書にこんなきわどい書があるのかと驚いたものです。


2時間を超える道のりですので懇親会は今回欠席しましたが、まあ家に帰ったら、こんなことなら懇親会に出てくれば良かったというような状況になっていました。

本日日曜日は中世のなかのローマという、古代ローマ好きの中世研究家としては非常に興味をひかれるシンポジウムが行われております。が、遠路の為今日は欠席しております・・・。来年は同志社でしたっけ?

ともかく、冷房の冷風にあたりながら4時間座り続けていましたので、自由論題報告の4本目、5本目あたりではもう手がかじかんで発表のメモを取るのも大変でした。とはいえ様々な方面からの発表を聴いて刺激になりました。今年は研究者としての自分を立て直すことが目標のひとつなので頑張ります。

2013/06/18

期末試験の作成

早くも再来週から期末試験の提出が始まります。今年は昨年度に比べてなぜか少人数のクラスが多いので、事務に印刷を依頼する=試験問題を締切日に提出するコマは期末試験を実施する10コマ中5コマしかないのですが(昨年は期末を実施する8コマ中7コマは提出していました)。

提出をする場合締切日があるので仕事が早めにはかどり、コピーの手間も省ける一方、試験の2週間程度前に提出するため授業の進捗度合との兼ね合いが難しい(ここまで何とか進むだろう、という予想で問題を作成してそこまで授業が進まなかったら大問題)、一方で自力で作成するとコピーやホッチキス留めの手間が大変な一方比較的直前に作れるので授業が進んだところまで確実に網羅できる、というメリットがあります。

いずれにせよ、自分の試験問題の出題方法がワンパターンになってきてしまって悩ましいところです。

自力で作る場合も、事務提出の締切日がないからといってプリントアウトやコピーのことを考えるとあまり直前に作ることもできません(私はプリンタを持っておりません)。やはり、どこまでを試験範囲に含めるかも悩むところです。


ところで何人かの学生から、中間テストはないのかという質問を受けました。逆に中間テストというものの存在を忘れていました(笑)。というのも中間テストというのは中学でしか経験がないものだからです。高校でも中間はありませんでしたし、そういえば大学でもありませんでした。ひとつの学期の内容が全て一回のテストに出ることが自分の中であまりに当たり前になっていました。そういえば学生は高校を出たばかりですもんね!

2013/06/15

日本中世英語英文学会東支部

今日は毎年恒例、JSMES東支部研究発表会でした。東日本のこぢんまりした集まりですが、私が発表した時には何ルームも使って発表が行われていたのに、最近はこぢんまりし過ぎてきて、ワンフロアで終わるようになり、そもそもプログラムを組むのも大変な程の状況が続いているようです。

しかし、仮に人文科学系の学問を所謂「役に立たない」ものとして一蹴してしまうとしても、まだまだ栄えて(?)いる近現代小説やシェイクスピア等の分野の方が中世英語英文学より「役に立つ」という訳でもないのですし、英語の歴史は英語教授法にもつながりますし、現代の映画・ファンタジー文学・ゲーム等への影響という点でむしろ中世のものは現代に意外と関連しているものです。なぜ中世ばかりがこのようにマイナーで、衰微していくのでしょうか。ハリポタやロード・オブ・ザ・リングのヒットから見ても、(研究までいかなくとも)中世の物語を楽しいと思える潜在的な層というのはまだまだ沢山居ると思うのですが。


さて、一人特急で行き来した昨年から早くも1年、今年は慶大日吉キャンパスで開催されました。夕方以降激しい雷雨との予報に備えて傘を持って行ったら晴れていました・・・

今回は研究発表4本、講演1本という構成でした。発表に対する感想はここでは割愛させて頂きます。

終了後は懇親会@食堂棟でした。日吉キャンパスでは震災の場合に「藤山記念館、食堂棟、塾生会館は建物の外に避難し、その他の校舎は原則建物内にとどまる」ということになっています。ということは食堂棟の耐震性が十分でないというまあそのような会場で行われましたが、学会生活も10年目になると流石に存じ上げている先生方も少しずつ増えて来て、色々とお話させて戴いて勉強になりました。この2年ほど、読書会や研究会にも参加させて頂いたので一気に存じ上げている方が増えました。(というほどの人数ではないか・・・)

まあ改めて、慶大大学院のトレーニングというのは凄いなと思った次第です。いや、学部からそうでしょうか。普通に大学出るだけなのに(多くの人は普通に就職するのですし)なぜこんなに大変なのかと当時は思いましたから。

さて、私は当学会役員に(おそらく)異例の若さで就任する方向性となっております。謙遜ではなく本当に未熟すぎてこの文脈では年齢もいってなさすぎて恐縮というか何かもう申し訳ない気持ちなのですが、40代以上の先生方に交じって20代から大教室で講義するなど、私は「今からもうこんな仕事を・・・」という経験をする定めなのでしょう(preordained)。笑

2013/06/01

Medieval Literature for Children

早いもので6月になりました。進度にもよりますが、今までに終えた授業準備の範囲内で前期が終わりそうなので、週末のみならず平日も研究に振り向けようかと思います。昨年より2コマ増えたのに、昨年より時間がずっとあるとは・・・
 
さて、慶應義塾図書館より取り寄せた書籍があります。
 


ハードカバーの本の裏表紙に書いてあるこの文句が全てを語っています。
(引用)
Based on material, cultural, and historical evidence, many now agree that medieval parents valued their children as children, not as "miniature adults". If so, what were medieval children reading? How does it function as children's literature? What does it tell us about childhood in the Middle Ages?


そもそも歴史学的にも、子どもという概念(とりわけ、別個に特別の教育が必要である存在として)が誕生したのは確か近世以降であったと思うのですが―いずれにしてもかなり後の時代ではあったと思うのですが、上記の文面を見ると中世にだって子どもという概念はしっかりあったということになります。
現代の子ども観とはおそらく違うとしても、確かに生まれてくる存在としての子どもという認識は少なくともあるでしょうし、(実際中世の物語にも、「神がもっと子どもたちを送って(即ち、授けて)くださるでしょう」というセリフもありました)childという語もある以上、何らかの認識は実際ありそうです。

そこで興味深いのが、子ども文学。いや、もちろん今で言う児童書とか、子ども向け絵本のようなものは多分無かったと思うのですが(さっきから推測ばかりですが、、、)児童書という存在が無くとも、何かの著述を子どもに触れさせることは勿論可能でしょう。

本書はそのタイトル通り「Medieval Literature for Children」と考えられる中世の作品の抜粋を集めてそれぞれに序論を付した研究書的アンソロジーになっています。借りたはいいがまだ目次しかチェックしていないのですが、教訓・道徳系、礼儀作法系、教育系、宗教系、娯楽系の5部構成になっており、中にはガワーのConfessio amantisやお馴染みGesta Romanorumまで入っています!ゲスタのラテン語は非常に難解というほどではないので、いくつか原典を先生や院生たちと読んだものです。ゲスタは教訓・道徳系コーナーに含められていて、確かにモラリザチオと合わせて寓話として子どもに読ませられるのかもしれませんが、情婦に騙されつづけるヨナタンの話とかはどうなんだろう(笑)。
ゲスタについて言えば(というかうちの大学ではゲスタという略称が超定着してるほど非常にお馴染みの作品なのですが、他ではどうなんでしょう?)中英語ロマンスGuy of Warwickと同じ話が入っているなどロマンスとの関係も深いです(Diane Speed, ‘Middle English Romance and the Gesta Romanorum’, Tradition and Transformation in Medieval Romance所収 参照)
子どもといえば、A Companion to Medieval Popular Romanceという本の第9章Young Readersや、Mary E. Shaner, ‘Instruction and Delight: Medieval Romances as Children’s Literature’, Poetics Today, 13:1 (1992) 515頁 という論文も読みました。超有名な写本The Auchinleck MSが家庭向けだったという指摘も二人ともしています。
とても面白いテーマなので、中世における児童文学みたいな感じでちょっと読み進めてみようかと思います。