2012/06/01

SGGKと方丈記における時間

何と修士1年の時からぼんやりと頭にあり続けているテーマです。

14世紀の英語作品Sir Gawain and the Green Knight(広辞苑にも出ています)は、アーサー王伝説に登場する騎士ガウェイン卿の冒険を描いていますが、約一年間の直線的な時間の流れと、冒険に出てまた戻ってくる円環的な時間の流れの双方を含んでいます。
とまあそんな事を当時授業の課題で苦し紛れに英文レポにして出したところ、とある先生が鴨長明の方丈記との類似を指摘されました。「ゆく川の流れは絶えずして・・・」というあれです。川の水もまた、直線的に流れ且つ渦を巻いて円環を為すではないかという訳です。

無事戻ってきたガウェイン卿は周囲に讃えられますが、彼自身は緑の騎士との約束を守り切れなかったことで自責の念を抱いており、恥辱の印として緑の帯を身につけると言いますが、周囲はガウェインを称賛する想いで緑の帯を着用することに。罪の意識を経たガウェイン自身の変化と、この周囲とのギャップ。彼にとってもはや周囲の世界も自己認識も出発前と同一ではありません。そこにはある種の無常観さえ漂います。アーサー王伝説自体が無常です。

とはいえ、西洋のmutabilityと日本の無常観が例え類似していても、そういった感覚の源泉はまた違うのだろうと思うのですが。

mutabilityはともかく、元通りに戻ってきつつしかし時間は過ぎ去っていて以前と同じものではないという「円環と直線」の感じは確かに川の水の流れにたとえられるように思います。

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