2012/06/28

期末試験の作成

文芸学部の期末試験提出締切は5日くらいだったかな、と呑気に考えてチェックしたら2日でした・・・。そして2日月曜日は別の大学で教えていて文芸学部の方へは行けないのです。となると、実質締切は29日金曜日ではありませんか!!

ということに昨夜気付きまして、出題内容を練る間もなく期末試験を作り始め、今日は勤務校①で講義後教員用端末室(今頃初利用しました!)で慣れないデスクトップで午後まで作業を続け、2クラス分の期末試験(授業内容は同一だが、当然問題は異なる)を作り終えました。それから勤務校②に行って授業を行いました。

まっすぐ帰っても18時なので、それから全学部のほうの期末試験を作り始め、今終わったところです。これからこの3クラス分の試験をざっと見直して明日提出します。

商学部の提出締切は3日火曜日ですが、火曜日は出講していない為実質締切は月曜日。それまでに商学部2クラスの期末を作ります。それから、9日月曜日までに文学部2クラスの期末を作って提出し、23日までに文学部1クラスの期末を作ります(このクラスのみ自分で印刷することにしたので、提出はなし)。

以前も書いたように、印刷を依頼すると手間は省けるが締切日(しかもかなり早い)があり、印刷を依頼しなければギリギリまで問題を作れるが何十部もホッチキス留めなどして用意せねばならない(意外と大変)、というわけで結局どちらをとるかという話なのですが、前者を選択しました。というのも今年度は自分でやると総計数百部用意することになるのでその労苦は学会ハンドアウトの準備どころではありません。締切日は早すぎですが、その分強制的に早く仕事が片付くというメリットもあります。

勤務校①のPCは申請せずとも強制的に(?)配布される簡単なアカウントで使えるので、また別にアカウントをもらったり申請したりせねばならない勤務先②や過去の勤務先に比べて手間なく簡単に使い始めることができます。また、学内PCの利用もシラバスのオンライン執筆やクラスウェブも同じアカウントでできるというのも、他大学に比べて便利な点。(結構、別々ですから)
教員用PC室はとてもすいていて、お昼休みには賑わう教員室よりも静かですし、効率よく仕事できて良かったです。大学で咄嗟にワードが使えるというのはやはり便利!

2012/06/24

JSMES第4回大会

今週のJSMESは先週のJSMESとは違います。と言う訳で絶不調の中、第1回大会開催前に既に会員だったにも関わらず何だかんだと出れずじまいだった西洋中世学会にやっと出席しました。

1日目は図書館の写本展示を見て、書店を見て、ポスターをざっと眺めてから研究発表を聞きました。書店・受付・ポスターがあったG-SECは確か爆問学問の撮影に使ったところかと。あそこはスタジオのような何かかっこいい部屋であるばかりでなく、突然壁がぐるりと回って開くとそこには喫茶スペースが隠されていた!という部屋で、そこで飲み物も頂きました。書店はさすがに中世に特化されているだけあって非常に面白かったのですが、結局購入はしませんでした。

発表は「あの会場で人は入りきるのだろうか・・・」と危惧していた通り、収容しきれず補助席のように椅子を出して何とかおさめたという感じでした。発表は門外漢ゆえフォローしきれなかった部分も多々あった一方、特にドミニコ会の教育の発表は専門外の人間にもわかりやすかったです。
どの発表にも質問がすぐにどんどん出て、盛り上がっておりました。土曜日は約220名の参加があったとのこと。受付しなかった方も含めればもっといらしたかもしれません。


日曜日はシンポに出席。中世とルネサンスの連関をトピックに、5名の方のお話がありました。小林先生と伊藤先生はお名前とお顔だけ存じ上げていまして、伊藤先生の訳書がベッドの脇にあります・・・


これは著者デイリー氏の講演があった時に配布されたものです。

やはり専門外ゆえフォローしきれなかった箇所あり、わかりやすかった箇所あり、という感じで時間は過ぎましたが土曜日の発表同様人出は多く盛況でありました。


西洋中世、しかも古代・ルネサンスもカバーしつつ、という幅広い主題の学会ゆえ、各人の専門領域も広く、従って様々な分野のプレゼンテーションがいちどきに行われますので、昨今流行のinterdisciplinaryな研究の為には非常によい場であり、そのような場を作ることに強く賛同したからこそ開設前から入会したわけですけれども、各自バラバラの細かい専門内容の発表を行うよりも寧ろ、何か共通テーマのもとに異分野の人々が集まって報告を行うほうが互いに勉強になるのかな?と思いました。あるいは細かく時代を合わせてみるとか。例えば違う分野の方があるひとつの文学作品だけを掘り下げた発表を聞いたら、ふーんそうなのか、で終わるかもしれませんが、同時代の文学作品と歴史研究を並列させれば相関性はぐっと高まります。


文学研究でいうと先ず歴史、そしてテーマによっては法、美術、音楽などと関連していくことがありますので、こうしたinterdisciplinary studyは是非やりたいとは思うのですが、いかんせん、なかなか手が回らないですね。

今回も知識不足を痛感しましたが、もちろん、ある程度は仕方のないことです。何もかも知っている訳はないのですから。
文学専攻といってもさすがに托鉢修道会やイコンやペキア・システムの存在は知っていますから、何もかもわからないということではないですが・・・。しかし専門の学会という場ゆえ、異分野の人にもわかるようにと基礎的になりすぎるわけにもいかないでしょうし。なかなかバランスの難しいところです。


余談ですが、日曜日も営業している三田周辺のランチ店舗案内で・・・


噂の新店舗「飾りじゃないのよカレーは」です。店舗名のネタが古すぎます。何しろメニューは「私のカレーは左きき」ですから。このプリントを見てシンポジウム中に笑えてきてしまいました。

2012/06/17

JSMES東支部

信州大学(松本市)で開催されました。今回は総会から閉会の辞(立ち消えになりましたが^^;)に至るまで全てがひとつのルームで行われ、研究発表2本―ワークショップ―会長講演、という流れでした。

全国大会も含めて、研究発表の応募の少なさは懸念材料です。私がデビューした時には、3ルームくらい同時進行で研究発表していませんでしたか?

さて、今回印象に残ったのはワークショップで、2004年10月のあのセミナー@同志社の事も懐かしく思い出しつつ聴きました。あの時私はまだM1で、博士論文など彼方に在ったものです。ともかく、「うちの大学院はこんなんだけど、そちらはどうですか?」というトピックは結構面白いものですので(博士課程はチュートリアル中心で授業がないという所も多いですが、暗黙上の必修ともいえる科目が博士課程であっても5~6コマ存在しているうちの大学院からすれば驚きますし、逆に相手も驚きます。)楽しく聴かせて戴きました。そして、内輪ネタの箇所は・・・博士課程の院生の研究テーマが紹介されると、私たちにとってそれは匿名性ゼロなので、「ああこれはまさしくMedieval 4のテーマだ」と、どの項目が誰のテーマなのかまですぐわかり(笑)、大学院のスケジュールも、心構えも、この8年間体験してきた/先生方が仰るのを聞いてきたものばかりなので、改めて激しく同意(?)したり、まあ自分も色んなものを乗り越えてきたものだなあと思ったり、達成していない項目について改めて肩身が狭くなったり、忘れかかっていた博士論文について思い出して手が冷えてきたりしました。質疑であったexternal examinerへの謝礼については、私の論文が今まさに!という状況で、実は「お金とか払うのかなあ」と母と話したりしてましたが、かといって尋ねにくい事でもあるので、正直知ってスッキリしました・・・。

そうそう、うちの院はこんなですよ、と思いつつ、古代中世英語英文学研究の環境については、出身大学院が極めて特殊なレベルにまで恵まれたものであることを重ねて実感しました。有難いことです。

そして、このワークショップを楽しんだ後は、自分の肩にかかっている責任が非常に重くなったように感じられたのでした。私は思わぬ文脈で英語史教育に関与しているのですから。


今回は1人で往復し、1か月前の記事に書いたように宿泊しない為に懇親会は自動的に欠席になり、またバスを逃した為に文字通り研究発表開始寸前に到着したので、誰とであれほとんどコミュニケーションを取ることなく終わった学会でした。
特急は座れなかったら結構辛いなあと心配していましたが、乗ってみたら行きも帰りもガラガラで、誰の迷惑にもならずに隣の席に鞄を置ける状況でした。本数が少ないので、行きの電車は学会参加者が皆これに乗るしかないという感じでしたが、別に誰にも会わず、バス停に行っても誰もおらず・・・。ともかく、修士博士通しての同期に12月の全国大会以来で再会し博論の話ができ良かったです。小倉先生の講演内容は彼も非常に詳しいところでしょう。


さて、来週も学会です。今度は体調が悪いのをおしての出席になるでしょう。学会中に寝込む事態にならないことを祈るばかりです。

最後に、駅弁を。
私はあまり食べ物を撮影しないたちですが、これは撮ってしまいました。


箱を開けた瞬間に思ったのは「えっ?不燃ゴミ?」という事ですね・・・

2012/06/12

授業態度②

今年も教員室では学生に対する文句がよく聞こえてきます。しかしあまりにもすごい言われようなので、だんだん私の気持ちは学生側に立ってしまうぐらいです。

携帯使用や居眠りをした学生は教室から出す先生もいらっしゃいますが、1月の記事に書いたように、私は携帯を禁止していませんし(通話をしたら注意すると思いますが、通話をする人はさすがにいません)、寝ているのはどちらかというと自分の責任と考えます。しかも、人々は皆、吊り革につかまりながらも寝ていたりしますし、大人だって会社の会議で眠くなったりもするでしょう。試験で寝る人だっているのです。小さい子なら食事中に寝てしまうこともあります。強烈な眠気がある場合、余程の恐怖や危険などがなければもう何があっても寝るものです。一人6回も指名したって寝るのですから、眠気がとぶほどの緊張感を与えるには、もはや「ビクビクしながら授業を受ける」レベルにまでもっていかないとだめで、そしてそのような雰囲気は特に語学学習には不適であると考えます。

そもそも学生とは長年そういうもんなんだという絵をご紹介しましょう。


14世紀の絵で、ボローニャ大学の風景を描いたものです。ボローニャといえば世界最古と言われる大学。当時の学生なら、何となく大学に来る現代の学生より勉学意欲がありそうですが、まあ寝てるわ飽きてるわ喋ってる(多分)わで、全然今と変わらない風景なんです。(笑)すでに中世から学生は寝てるんですよ、おそらく。


先生方の文句を聞いていると気付くのは、常に昔と比較していること。「昔はこうじゃなかったのに」「自分の時はこうだったのに」というわけです。
けれども、先生方の世代もまた、更に上の世代から「最近の若いもんは」などと言われていたことでしょう。「昔は良かったよなあ」という感情は、なんと古代からあるのです。
つまり、もう人間というのは連綿とこういうものなんです。

人は古代以来本質的に変わっていない部分もあり、また時代によって大きく変化する部分もあります。理想像を押しつけたり、自分の世代の基準だけで考えたりせず、いろいろ「問題」があってもそれはむしろ当たり前と私は考えています。

授業中の携帯使用ももちろん本来的にはNGでしょうが、メールなどして気持ちを切り替えて逆に授業によく取り組めるようになることもあるのではないか、と思う事も。

2012/06/08

期末試験の報告

期末の詳細(試験の有無等)の事務への報告を終えました。文学部のほうは締切が5/31、商学部は6/5だったので、まとめて31日に出しました。両学部総計5クラスで期末試験を行いますが、印刷を事務にやって戴くのは4クラスにしました。1クラスは10名未満なので、自分でコピーしようと思った訳です。

一方、文芸学部・全学部総計3クラスのほうは11日が締切だったので、今(ネットで)フォームに記入しました。こちらも期末を行います。

ということで8クラスの期末試験を作り、しかも事務に印刷してもらうためには締切日までに作成しなければなりません。早めに試験問題を作成することになるため、授業の進行具合の予想まで勘案して問題を作らねばならなくなります。自分でコピーすれば早めに作らなくて良いという利点は大きいのですが、試験問題が一枚で済むことはあり得ない為、数十部ホッチキス留めすることになり、これが意外と大変なのです。

同じ内容をやらされているクラスもあるのですが、曜日が異なるので、当然試験問題は同一にはできません。8種類、テストを作ります。

しかし8クラスともなると、200人以上の学生の答案を一人で処理することになります。もちろん、一般教養のクラスなどとは比較になりませんが、何日かかることやら。

テスト問題作成は教員にとっても頭を悩ませる問題です。そもそも、外国語の理解度をはかるにはどうしたら良いかというのは、それだけで研究の対象になるような事であり、例えばTOEICの問題構成が変わったり、TOEFLが「次世代TOEFL」と言われるiBTに変わったり、といった事象もこの問題を反映しています。ETSも英語力をどうはかり評価してスコア化するかという点について研究を重ね、テストを改良していくわけです。
ですから外国語能力測定の為のtesting programに関わる研鑽を積んでいる訳でもない一般の教員としては、ある意味無難な教科書の英文を和訳する問題を入れつつ、色々な問いを悩みながら用意するのです。

私の使用している教科書のうちいくつかには、教員用冊子に複写可のテスト問題が親切にも付いていますので、一部利用させてもらったこともあります。但し、いわば「関連問題」という感じで、教科書に載っていた文ではない文章が出題されているので、応用問題的な位置づけにしました。これだと、TESOLのメソッドに基づいて作成されているので、どことなく信頼感があります(笑)。

教科書掲載の練習問題や、他の先生の作る問題等も参考になります。


個人的に私が問題を作る時のポリシーは、教科書に載っている内容をそのまま出す時には、なるべく汎用性の高い・・・というか、幅広く見かける英語表現・語彙のある部分を重点的に出すことです。これを学んでおけば他のコンテクストでもこれに必ず出会い、役立つから、という理由です。

2012/06/01

SGGKと方丈記における時間

何と修士1年の時からぼんやりと頭にあり続けているテーマです。

14世紀の英語作品Sir Gawain and the Green Knight(広辞苑にも出ています)は、アーサー王伝説に登場する騎士ガウェイン卿の冒険を描いていますが、約一年間の直線的な時間の流れと、冒険に出てまた戻ってくる円環的な時間の流れの双方を含んでいます。
とまあそんな事を当時授業の課題で苦し紛れに英文レポにして出したところ、とある先生が鴨長明の方丈記との類似を指摘されました。「ゆく川の流れは絶えずして・・・」というあれです。川の水もまた、直線的に流れ且つ渦を巻いて円環を為すではないかという訳です。

無事戻ってきたガウェイン卿は周囲に讃えられますが、彼自身は緑の騎士との約束を守り切れなかったことで自責の念を抱いており、恥辱の印として緑の帯を身につけると言いますが、周囲はガウェインを称賛する想いで緑の帯を着用することに。罪の意識を経たガウェイン自身の変化と、この周囲とのギャップ。彼にとってもはや周囲の世界も自己認識も出発前と同一ではありません。そこにはある種の無常観さえ漂います。アーサー王伝説自体が無常です。

とはいえ、西洋のmutabilityと日本の無常観が例え類似していても、そういった感覚の源泉はまた違うのだろうと思うのですが。

mutabilityはともかく、元通りに戻ってきつつしかし時間は過ぎ去っていて以前と同じものではないという「円環と直線」の感じは確かに川の水の流れにたとえられるように思います。