2011/11/29

博士論文提出書類


15日の記事に書いた、博士論文提出の書類を大学事務で貰ってきました。その記事に書いたように、これがまた多くて面倒だとは聞いていたのですが、思ったほどではなかったです。

まず、提出先は結局指導教授ではなく事務窓口だそうです。事務→教授→研究科委員会という流れなようです。

さて、書類の枚数は写真にあるように結構ありますが、一部は大した内容のものではないので、繰り返しになりますが思ったほど大変ではありません。

それにしても、これも15日の記事の繰り返しになりますが、卒業・修了するためには圧倒多数の人が出す卒論・修論は提出方法が掲示され、書類も皆に配布されますが、博士論文の場合はそうではないので、この書類もある意味レア物です。必要とする人だけが個別に取りに来るというわけで、広く公開されてはいない書類ですが、非公表のものでもないので、どんなものか紹介します。

まず、いわば申込書のようなもので、これは名前や住所や論文タイトルを書くだけです。
それから論文タイトル。合わせて副論文や自著などを提出するようなケースでは、それらのタイトルも書きます。外国語によるタイトルの場合は和訳も必要・・・って結構悩みますね、これは。どう訳そうか。
次に、論文要旨。何とA4で5枚~10枚程度書けということです。要旨にしてはなかなかの長さです。
さらに、英文によるまとめ。これは、英米文学専攻ではなくとも必要です(!)。ただし、こちらの方は要旨とは異なり、TOEFLのライティング程度の語数でOK。A4一、二枚程度です。
それから微妙に意外だったのが履歴書。こんなところで履歴書が出てくるのですね。しかし、「研究歴」という欄には何を書くのでしょう?(しかも、欄の大きさが数センチしかありません)
あとは、出来た論文を図書館で全コピしてOKかどうかという意思表示だけです。

こうして見ると、要旨ぐらい付けさせられるのは当たり前ですし、特に「えっ、こんな書類まであるのか」「こんなに煩雑なのか」という点はなく、結構安心しました。これなら特に苦労せずに処理できそう(=論文本体に集中できそう)です。


その肝心な論文の方は、下書き原稿を全て指導教授に提出し終わりました。ですので、既に添削入りで返却して頂いている章の修正に取り掛かっています。本当は秋学期全てを修正に充てるつもりでいたのですが・・・まあ、英文校正と製本の時間も見込まなければなりませんし、早いうちに改訂版を完成させたいと思います。

2011/11/25

学会出張

今日はちょっと軽いネタを。


学会で様々な大学を訪れるのは、時と場所によっては体力的にも大変だし、金銭的にも大変ですが、校舎や教室を体験(?)するだけでも結構面白いものです。

同じ「大学」という空間であっても、キャンパスの広さや立地も様々なら、意外と教室内部の様子も様々。思った以上に相違点があります。

初めて学会に出たのは、2003年12月の日本中世英語英文学会@東京外国語大学でした。私は卒論を書いている時で、まだ院進学も決定していない頃でした(入試が3月だったので。。。)
学会がどんな感じのものかわからなかったので、とても緊張したし、服装も悩んだので一応ジャケットを着て行って、シンポに出ました。知識がなさすぎて発表についていけませんでしたが、学会というのは結構普通の雰囲気というか、文学系ではTVのニュースに出るような学会の(医学や天文の新発見発表のような)雰囲気とは全く違う、普通の授業のような感じの場なのだなとわかりました。服装も含めて。

この時は、外語大の最寄り駅に到着したら何と自動改札がなく、昔ながらの駅員さんによる改札で、一体suicaをどうすればよいのかと焦ったのが記憶に残っています。それに、西東京のほうで遠かった。


ともかく、今まで20くらいの大学を学会で訪れましたが、大学自体(校舎等)で印象に残っているのは、

中京大学
バッグを売っている店舗などがあって、海外のホテルかと思うような感じだった

武庫川女子大学
校舎内にエスカレーターがあった!(しかし、今では明治大学にも在る)
学食ではLee Pattersonがチキンライスを食す。

京都産業大学
敷地内に上るのにエスカレーター有(三田の「山の上」どころではない山の上)

といったところでしょうか。
また、筑波大学、武庫川女子大学、大東文化大学では入学案内のパンフレットを頂いたので、結構読みました(笑)。

2011/11/20

博士論文執筆スケジュール

取り敢えず「えんぴつで下書き」レベルの原稿を書くのに要した年月を振り返ってみます。

マンチェスター大学で博士号を取得された方が授業でお話された時、確か5か月か6か月の執筆期間をとるようアドバイスされていたと思うのですが(すいません、当時のハンドアウトを探すのが大変なので、あやふやなまま記載させていただきます)、修士論文も一応5か月間かかっていましたので、博士論文はそれでは全く間に合わないだろうなと思っていました(随筆でも書くようにスラスラ打ち続けられれば、できるのかもしれません)。

私の場合は、まず博士論文執筆資格審査の為に第3章を書きました。この時は留学終了直後に超特急で書かねばならなかったので、毎日朝の4時まで執筆を続けて、2週間で30枚くらいという驚異的なスピードで仕上げました。博士論文執筆に関しては、なんとこの時期が最も大変でした。博士4年の前期です。

その後は普通の読書に時間を費やしているうちに博士4年も終わり(この間、論文執筆は全くしていません)、単位取得満期退学して非常勤講師を始めました。

D5相当の年には学会発表を行い、それに向けてのリサーチをしながらその内容を第5章にしましたが、原稿完成は学会からかなり経ってからです。ですから、学会発表(12月)の時点でまだ1.5章ぶんしかできていませんでした。

第5章を書きあげてから、春休みに第4章に取り掛かり、「春休み第4章、前期第2章、夏休み第1章」という予定で頑張っていたところ、震災が発生。図書館にも行けなくなり、リサーチはストップ。第4章のリサ―チができないので、今までの研究発表(大学院の授業でやったもの。つまり何ら公刊されていない、授業で読み上げた発表原稿)などをひっくり返して出てきたものをコピペしたりして第1章、第2章も僅かずつ書きました。

この3つの章が宙ぶらりんなままD6相当の今年度になり、3コマの非常勤が始まり、前期は仕事と論文があまり両立できず、あまり進みませんでした。

ようやく8月下旬に第4章を書き終え、残りの2章にかかりました。後期は、仕事の準備を要領よくできるようになったので、論文と全然両立できるようになって、リサーチ量が少なすぎてそもそも章になるかどうかすら危うかった第1章がなぜか1万語を超えて、11月中旬に原稿を終えました。第2章も大体終えました。イントロと結論も急いで後期に書きました。

こうしてみると、本格的に原稿が増え始めたのはやはり1年前くらいからです。

また、いかに下書き状態であるとはいえ、卒論や修論と比べても凄まじく原稿終了が早いです。やはり、「パクリをせずにそれなりにちゃんとやってさえあればOK」な卒論・修論とは訳が違うので、なるべくきちんと修正を行いたい(そして分量が多いので、修正作業にも時間がかかる)というのがあります。直せば直すほど論文は当然良くなります。出来る限りがっつりと手を入れられるよう、頑張ります。

2011/11/15

論文提出方法

さて、博士論文の原稿が一応出来上がりました!!

予定では、9月末にこの段階に達している筈だったので、随分な遅れですが。。。

しかも、本当に「原稿」です。パソコンのない時代だったら、「まだ鉛筆で原稿用紙に殴り書きしただけ」に相当するような段階です。もちろん最初から優れたものが書ければよいのですが、博士課程の数年を棒に振ってリサーチ量が不足していることと、私自身文学を論じると言う事自体に非常な困難を感じることもあって、なかなかそうはいきません。その為私の場合は、とにもかくにも、出来の良しあし以前にまずは原稿を書き、我ながら修正点が指摘できるような状態でもとにかく早めに先生に見て戴いて、バシッとコメントを頂き、直す方に力を入れるようにしようとしています。

今の原稿では、先生に見て戴かなくてもまず自分でも指導ができてしまいそうなほどのアラや未完部分が散見されるので、かなりだめな状態ではあるのですが、それでもとにかく原稿というモノが存在はしているというだけで安心感が生まれました。妙な話ですが、良く書けた原稿が少しだけあるよりも、良く出来てないなりに取り敢えず原稿が全部ある方が落ち着くのではないかと思います(笑)。

さて、謎なのが提出方法です。卒論や修論は、大学の事務が提出日を設けて皆で一斉に出しますから、日時、場所、方法(綴じ方や書類、必要部数等)など皆共通の決まりが掲示され、広く知らされます。
しかし博士論文は、全員が提出するものでもないし、提出日がある訳でもありません。ある意味いつでもいいわけです。
その為、出し方も掲示されません。

と言う訳で、履修案内を先ほどネットでチェックしたところ、指導教授経由で文学研究科委員会に出すのだそうで、3部作成し、どうやら修士論文とは違って全てを製本するようです・・・(金がかかる・・・)しかも、すっかり忘れてましたが国会図書館に入るんです。

ということで大学事務の窓口とかに出すのではなくて、先生に出すみたいです。で、必要書類(噂によればこれが凄い多くて大変なのだとか)は大学事務で貰ってくるようです。何だか今から緊張してきました。


2011/11/13

PC

学生にパワポプレゼン(in English!)をさせる為、教員用貸出パソコンを使っています。メディアサービスカウンターに向かうと、カウンターに近付いて行っただけで職員の方が駆け寄ってきます。窓口のカウンターに張り付いて立っていても誰も見向きもしない私の母校と何という違いでしょうか。

さて、借りたノートPCはVAIOで、そのあまりの薄さに驚きました。自分のノートは所謂AVノートというやつで、ブルーレイや地デジが見れるやつで、持ち運びタイプではありません。重さは3キロあります。しかも、パワポ搭載してません。まあ、具体的にいうとコレです。


そういう訳なのでVAIOを借りたのですが、薄すぎて割れそうなぐらいでした。そんな最先端な感じのノートに比べて、マウスは「いつの時代?」と思うほど旧式のものが添えられていました。

教室設備はメディアサービスのウェブサイトに写真入りで解説されているので、つなぎ方なども予習できましたが、一応係の方が持ってきて下さりセッティングもやって下さいました。ケーブルを2本つなぐだけですし、あとはAUX PCとプロジェクタ電源を押し、棒でスクリーンを下ろす(ここは手動・・・)だけです。AUX PCボタンについては、2009年に慶大日吉キャンパスで開催された日本中世英語英文学会全国大会のお手伝いの際に学習しました(笑)。こういう設備のシステムは結構カブっているんです。

授業後片づけをしながら、VAIOを片手に持って、薄さと軽さに一人で感心していました(笑)。大学が貸してくれるPCなんて、古い分厚いものだろうという先入観があったので余計驚いたのです。こちらもまた、具体的にいうとコレですね。


VAIOは大1~M1まで使っていました。M1の時に壊れて、「あーVAIOは壊れるよね」等と複数の人に言われて、他のSONY製品も我が家でよく壊れた為信頼度は低下してしまい、(トリニトロンTVの寿命の短さといったらなかったですよね)その後は東芝を使っています。

2011/11/06

校正作業

来月ごろ(でしたっけ?)会員の皆さんのお手元に届く『西洋中世研究』誌に載る記事の校正刷りが届きました。小さいころから誤字を見つけるのが得意で、校正するのが好きだったんですけども、何か今は「論文が・・・」「授業が・・・」と他の事に気を取られていて、あまり校正作業を楽しくやろうという心持ちには正直なれないのですけれども、ミスプリは許容されないと思うので、しっかり見ます。

前も書いたように、この記事で私が取り扱った研究書にはBevis of Hampton, Amis and Amiloun, Havelok the Daneなど2004年から2007年辺りに読んだお馴染みの中英語ロマンスが取りあげられており、もうもろに私の研究の内容!と思いきや意外と直結はしておらず、博士論文にも登場しない予定です。この本の最後の章に、中世ロマンスとSF、ファンタジー、ゲームの関連が言及されていたので、このへんを話の起点に「趣味・周辺的興味と自分の研究」というある意味超難題である大学院での発表を組み立てようかと考えています。SF、ファンタジー、ゲーム、どれも一応1個以上ずつは親しんでいますからね。

でも・・・2番目に詳しい英語の分野は実は宇宙論系で、「星雲」「粒子」「赤外線」「小惑星」「核融合反応」などなどが私の中では基礎英単語なのですが、ふと振り返れば「小惑星帯」という語彙はスター・ウォーズで学習したものでした。(笑)そうか、ロマンス→SF→スター・ウォーズ→宇宙というつながりも、無くはないわけです・・・

そういえば、大学院仏文学専攻の古仏語の授業を取っていた私ですが(今年度は後輩が履修中)、全く読めるようにはなっていません(謙遜ではなく本当に)。ただ、特定の語の使用を議論する際に、韻律の制限の影響もあるので厳密には言えないなと感じました。これは当然英語にも当てはまるものですが。

さて、博士論文原稿も実はあと1500語にまで迫ってまいりました。出来る限りreviseに時間をかけたいので、急いで仕上げます。嗚呼やっと6年間の長すぎトンネル(道中高くなる一方のハードル付き)の出口の光が見えてきた気がします。