2011/10/28

来年度のクラス

来年度は今の仕事を全部継続することが内定しているので、「そのこともあってか今年の秋はオファーが来ないなあ」と呑気に考えていて、博士論文が(hopefully)なくて週3コマとなると実は暇になる!?と思っていたら勿論そうはいかないのが人生で、まずは明治大学でさらに2コマの担当をオファーされ、別の大学から1コマのオファーが届き、それを受けたところさらにそこで2コマ追加のオファーがあり・・・

そうです。週8コマになりそうです。しかも、「1限杉並区、4・5限世田谷区」というおそろしい日があります(笑)。いろいろな意味で、出来るのか不安になり、やる前から相当落ち込んでしまいました。

まあ、半年以上先の事を考えても仕方ない。今は博士論文を何とかします。ここのところ結構頑張ったので、最後の二つの章が8割ほどできて、イントロと結論も結構書きました。あと3000語ほどです!!

2011/10/22

執筆再開

さて、この期に及んで新たに文献を集めたり読んだりしていたので、執筆作業自体は夏休み以降殆ど進んでいなかった博士論文。書く作業を再開しました。お茶の水で借りてきた本のコピーを読んだら、丸ごと剽窃したいような論文でした(笑)。これをそのまま書き写すと、古典への深い理解に基づいた第一章の内容ができそうですし。

私が今書いている個所は、結局12世紀ルネサンスなんかにも繋がっていくところだと思うのですが、中世であれ現代であれアラビア語圏世界には強い関心を持っているので、とても興味深く思います。


授業関連では・・・
学生の論の構成を添削していて思ったのですが、やはり日本の学校教育の賜物なのか、何かを主張するということ自体が難しいし、はてはその為にどういう内容が必要かを考えることはもっと難しいようです。私も学部生の時だったらあまり出来なかったと思います。やはり、議会制民主主義を採るならば、議論をするという教育をしないと、と思います。口頭であれレポ等書くものであれ。


来年度は、現在担当の3コマを継続する予定で、さらに文学部の授業をもう2コマ担当しそうな気配で、さらに別の大学の1コマも加わりそうな気配で、2大学で6コマということになるかもしれません。まあ、博士論文が終了している・・・筈ですし、三田の授業出席もとうとう終わる(と思われる)ので、時間はとれるでしょう。

2011/10/13

1コマ5万円

3コマ教えて声が変になりました(毎週のことです)。研究の方は、中世ヨーロッパにおけるアリストテレスの受容(翻訳・註解)の論を読んでいます。やっつけ仕事でもいいからとにかくドラフトを早いところ終えたいです。とずっと言ってますが。


さて、首都圏大学非常勤講師組合のプリントが配布されてそれを読み、思うところがあったので今日はそれを書きたい。
なんと組合としては1コマ5万/月 を目指しているという。大学の非常勤講師の給与は、大学によっても結構差があり一概には言えないが、週1コマ当たり月給2~3万円前後が相場ではないかと思う。組合の主張は、「専業非常勤講師」即ちフルタイムの仕事を持たない者が多数になってきている以上、非常勤だけで生計を立てられるようにせよということだ。
確かに、フルタイムの仕事に就くことが非常に困難である現状を鑑みれば、非常勤だけで生活できるようにして欲しいという要求は至極尤もである。先輩には、非常勤だけで食べていくには16コマぐらい持たねばならないと聞いた。確かにその通りである。

だが組合の主張は、専任講師と同様週5コマを教えても生活していけない、というものだった。

ここが正直なところひっかかる。

まず、5コマで生計が成り立たない事、同じコマ数を教えても専任とパートで給与が違う事は事実である。だが逆に、5コマというのは平均的にならすと当然月~金毎日90分の労働にあたる(授業準備などもあるので授業時間外の労働もそれなりにあるが)。1限~5限まで全て教えるということはあまりなさそうなので、1日で5コマが終わることは、可能ではあっても実際にはないかもしれないが、「3コマ&2コマ」で2日で終わることならありそうだ。
週5コマ持つだけで、場合によっては「月・火しか出社してない」みたいな状況でもう生計がたてられるというのは、自宅等における授業準備の労働を考慮しても、少々甘すぎないか。世間一般の人は怒ると思う。

一方専任講師の場合は、例え週5コマしかもっていないとしても、専任であれば、会議だの入試がどうだのと、様々な雑務に追われることは必至である。長期休暇中もである。一方、非常勤は授業以外にはresponsibilityが何もなく、長期休暇は完全に解放される。一概に担当コマ数だけでは比較できないところがある。

加えて、専任と非常勤がしている仕事は同じなのに・・・というポイントも述べられていたのだが、確かに大学で授業しているということ自体は同じでも、内容が違う。「専門科目は正社員に、語学は契約社員に」みたいな感じなのだ。「フランス文学史」とか「マクロ経済学」とかそういった類の専門の科目の講義や演習、ゼミには、ただ英語を教えたりするのとは異なった多量の知識etcが求められ、そういった科目はやはり専任教員が担当する傾向にある(但し、大学教授 兼 他大の非常勤 である先生などは勿論この限りでない)。

もちろん1コマあたりの給与が高いほど助かるのは確かだけれども(笑)、それ以上に、契約の安定を求めてはどうか。パートタイマーで少々給与が低くとも、とりあえずずっと雇用されていそうな見込みがあるだけでも違うと思う。



しかし「大学の非常勤」というもの自体一口にまとめられないからこの問題は難しい。
募集要綱が明記されている訳ではないので、応募資格は正確には謎だし、大学にもよるのだが、まあ一般的に暗黙の前提として「修士修了」はあると思われる。その上で、非常勤講師というのは

①大学院博士課程在学中の学生
②大学院は出たけれど、フルタイムの仕事を持たない人
③状態的には②だが、子育てなどの理由により必ずしもフルタイムの仕事を現時点では求めていない/できない、あるいは配偶者の稼ぎなどの理由によりフルタイムの職がなくても別にいい人
④大学のフルタイムの先生(教授など)でありつつ、他大学にも教えに来ている人

と、いろいろな立場の人がいる。
明治大学の場合は、年齢、博士号の有無、履修人数によって非常勤の給与に少し差があるが、万の単位は同じである。
だから、院生でもどこかの教授でも非常勤の給与はだいたいは同じわけである。
これをどう考えるか。
非常勤の給与がどれぐらい自分にとって死活問題なのか、どれぐらいそれに依存しているのかというのは①~④の立場によって異なる。④の人にとっては、本務校の給料があった上でのプラスアルファだけれども、②の人にはそれが全てだったりする。

だからといって、生活のための必要度に応じて賃金を設定し、20代のパートの先生>他大学の教授 という賃金体系にする訳にもいかないだろう。

難しい。


ただ、驚いたのは明治大学の授業の40%は兼任講師(=非常勤のこと)担当ということだった。もちろん、上の④のカテゴリの先生方もいらっしゃるので単なるパートタイマーというイメージでは括れないのだけれども、とにかくパートにこれだけ大学が依存しているということでもある。

2011/10/05

グーテンベルク聖書

よりによってオクスフォード大学卒のナレーターがBBCの番組で喋るというコンテクストで、「グーテンベルク」を「ベルク」つながりなのかドイツの地名であると間違えるっていくらなんでも!!確かにニュルンベルクとかバンベルクとかハイデルベルクとかありますけど・・・(ちなみに、ハイデルベルク城は非常に良かったですよ)

「印刷術はドイツのグーテンベルクにおいて1435年ごろ発明されました」って、生放送じゃないんだから誰か気付けよ放送前にといったところでしょう。しかも・・・時期が超早い。

グーテンベルク聖書を非キリスト教国で唯一所蔵しているのが慶應義塾であることは有名です。
丸善がバブルの勢いなのか競り落とし、その後経営が苦しくなったのか手放すこととなり、福沢諭吉の門下生であった早矢仕有的(ハヤシライスの語源の一説)創業というところからも慶應義塾とは縁の深~い丸善が慶應に売ることになり、慶應義塾が文科省から下りた資金で以って購入したものです。8億ぐらいしたと思われますが、現在では20億円台の価値があるとか。


さて、博士論文に関る研究のほうですが、「アリストテレスの受容@中世」という感じの内容の論考や表をコピーしてきました。あとは、Brian Patrick McGuireによる修道院の本、Aelred of Rievaulxの伝記(当時書かれたもの)、ボッカチオの仏訳者として有名なLaurent de Premierfaitがキケロの仏訳に寄せたまえがきなどを調査していく予定です。そうです、未だに調査しております。まあ何とかなりそうです。Hopefully!