2011/07/31

西洋中世学会

かねがねinter-disciplinaryな学問的交流・学習・研究の視点が必要だと考えていた私にとって、文学専門の人、歴史専門の人、音楽専門の人、美術専門の人、・・・などが集まり幅広く中世を見ようとする「西洋中世学会」の発足は僭越ながら素晴らしい試みに思えたので、第1回大会開催以前に入会を申し込み、初年度は寄付金つきで会費を払い込んだ程です。

しかし肝心の第1回大会@駒場に参加できなかったことに始まり、殆ど関与できないまま月日が流れてしまい・・・

そんな中、学会誌の最後の方に掲載されている新刊紹介を寄稿するお話を戴くことができました。2008年以降に刊行された洋書を、とのことでしたが37枚にわたるBibliographyファイルを検索してもこれが意外とない。結局、指導教授と相談の上2冊に絞られ、オクスフォードに留学していた先輩から一昨年教えて戴いた2009年刊行の論文集を取り上げることになりました。

それが決まってから購入して読んだのですが(これについては本当に色々ありましたが、近しい人にのみお話しします。笑)これが読んでみるとまあ面白く、しかも比較的平易で読みやすい論文集だったので、修士課程の時に読んでおきたかったなと思いました。(勿論その時には本書は存在してなかった訳ですけども)。
Sir Isumbras, Bevis of Hampton, Havelok the Dane, Amis and Amilounなど今までに読んできたロマンスがたくさん出てきたので馴染みやすかったというのもあります。上の記述と矛盾しますが、M1の時などに読んでいたら、まだ作品を殆ど読んでいませんでしたからわかりにくいところもあったと思います。物語が二転三転して振り回されっぱなしのBevisは特に楽しいロマンスでした。

本当にどうでもいいことですが中世ロマンスが現代の女向けロマンス小説に類似してる訳じゃないという指摘には苦笑。謎の黒騎士に抱かれた夜にみたいな話じゃないぞと。

この論文集には、新しい視点もあるけれどありがちなテーマも結構書いてあるし、難解じゃないので初学者にもおすすめです。この本を全部読んでみて、やっぱりロマンス(つまりは物語文学)は楽しいなと思いました。結構研究はし尽くされているので、これをメインに今後進んでいくのは困難ですけれども、『ハムレットは太っていた!』ぐらい新しいトピックを思いつけば話は別です。まあシェイクスピアよりは研究の余地がありそうですし、関心は持続させたい。

しかしこのStudies in Medieval Romanceシリーズが殆ど日本の大学図書館に所蔵されていないのです。この分野では有名なD.S. Brewerの刊行だし、決してマイナーな物ではありません。中世英文学研究がメジャーな慶應義塾図書館にぐらい在っても良さそうなのに無い。全巻取り揃えて欲しいところです。実は私も、先輩に本書を刊行直後に教えて戴いた時には「ま、この本ならそのうちうちの図書館に入るな」と勝手に決めてかかっていました。

とにかく新刊紹介の執筆を終えたのでやっとゆっくりと夏休みを過ごせます。いや、「ゆっくりと急げ」の精神で博士論文を進めます。超僅かながら終わりも見えてきました。何となく少しは・・・。


それから西洋中世学会では、来月に来往舎(実質研究室棟です。どことなく東京国際フォーラムを思わせます)にてポスター・セッションが開催されます。薬学等の発表で採られるポスター発表の形式を取り入れてみようという若手支援の試みで、私も急遽出場決定です。図版皆無な私の研究をどうvisualizeするか・・・しかもいつ、どの程度、どのように喋るか。。。悩ましいところだし、不安ですけれども、まあ、楽しみにしております。後輩たちのポスターも楽しみです。

そういう訳で今更ながらようやっと西洋中世学会に微力ながらcontributeすることができ、嬉しく思っています。

2011/07/22

夏休み

今日からようやく夏休みに入りました。今年度から各大学は授業回数を増やしているので、なかなかの長丁場となります。

語学の2クラスでも最終授業時に期末試験を行い、当日と翌日で総計61名分の採点と成績評価の計算を済ませました。1クラスは出席点30%、小テスト20%、期末50%で評価したところ、テストの出来にかなりばらつきがあり、且つ平均点も低かったため、上から下まで結構まんべんなく分布している成績評語となりました。もう1クラスは出席点40%、小テスト10%、期末50%で計算しました。B4サイズ5ページの期末試験問題を配布したところ、(学生からみれば)あまりの分量に大変な騒ぎになったのですが、私自身が解答にかかる時間の2倍以上を与えたので大丈夫なはずでした。しかし相当に皆悪戦苦闘している雰囲気だったので、厳しすぎたかな?と思いきや採点してみれば平均点も8割超え、出席も含めて計算した総合得点も高得点だらけになりました。

昨年度の勤務先では、例えば「10%の学生にA」などといったように、Aの割合が決められていました(他の評価の割合は自由。ちなみに実際に何パーセントの規定だったかは、非公表ですので伏せます)。
しかし今年度の勤務先では、例えば「55点から65点の学生はC」というふうに、100点満点の点数で成績評語の基準があります。それに素直に従って成績をつけたところ、上に書いたようにひとクラスはいろいろと分布し、ひとクラスは「超楽勝科目」のような状態になってしまいました。昨年度が相対評価寄りだったのに対し、今年度は絶対評価で基準が設けられているためです。皆よくできたら皆よい成績なのです。

点が良かったクラスは全員一定の点をマイナスして(いわゆる「下駄を履かせる」の反対の行為)評価したら丁度良いぐらいだったのですが、そうしてもかなり良い成績続出です。しかし、そのように点を引くとボーダーラインの学生が落ちてしまうし、「他の学生は全員点を一律マイナスし、ボーダーラインの学生だけは点を引かない」のは不公平ですし、まだ前期のうちはなるべく多くの人をパスさせて上げようとは思うので、結局そのままの点で評価しました。

しかしこの高評価はちょっと不自然なぐらいなので(私はそこまで甘くありません 笑)、後期は何か対策を考えねばなりません。
決して「みんなにいい点をあげよう」という私情に基づいた成績ではなく、厳密な計算に基づいた数字のみによる評価なのですが、良いグレード付き過ぎで大学側に怪しまれそうなほどです。まあでも、繰り返しになりますが厳密な計算結果の得点によるのですし、試験も教科書の内容そのままの部分だけではなく、初見の長文をがっつり複数入れてますので、きちんと試験や評価を行ったことは十分主張できます。

それにしても何より驚いたのは大学事務のカウンターに行ったら何も言わずとも先週印刷をお願いしておいた自分のクラスの期末試験が出てきたことです!名前も言っていないうちになぜ私をrecognizeできたのでしょう?


さて、夏休みです。もちろんやるべきことは博士論文です。というか逆にやるべきことはそれだけです。元来、春休みに1章、前期に1章、夏休みに1章の予定でいましたが、災害でそれどころではなくなったり前期に意外と仕事に時間を取られたりで、春休み&前期に割り当てた各1章が各6割程度、夏休みの1章が2~3割程度、という予定外の進捗状況になっています。とにかく寓意の章と修道院の章をあっという間に片付けないとやばいです。

2011/07/13

期末テスト

担当している3クラスのうち、文学部の1クラスは既に学期終了しています。残りの2クラスの期末試験を作成し、今日事務室に印刷に出してきました。複数枚にわたるテスト問題を20部30部としこしこ用意するのは、学会ハンドアウトほどでないにせよ結構大変なものです。それを事務室に依頼できるというので(勿論自分でやってもOK)頼んできました。教員室(講師用)といい事務といい、随分とサービスが良いです。

試験問題は、CD-ROMや本からコピペしたのが大部分なので、問題としても自分で作るよりよく出来ているうえ、作業としても楽でした。

一般の洋書を読んだ昨年度の授業とは異なり、この2クラスでは以前紹介したようにそれぞれオクスフォード大学出版局、ケンブリッジ大学出版局刊の、教科書として書かれた洋書を使用しています(但しどちらも米語仕様)。その為英語はナチュラルでありながら極めて平易であり、長文などは一文が短くて少々苛々するほどです(笑)。一文が何行にもわたるような箇所を入れたいのですが、そもそもそういう文章が存在しない。

来週期末試験を行ったらとうとう夏休みです。学期毎に成績を付けるとのことで、その締切は確か8月1日。原則ネットで成績をつけた昨年度の勤務先と異なり、紙媒体での提出です。7月31日締切の仕事も抱えてますし(しかもまだ始める事が出来ない)、何よりも先ず第一に博士論文のドラフトを夏休み中に終えねばならない。なかなかに苦しい日々が続きます。

私事ですが今持っている3クラスは来年度も継続できるようなので、またこの大学で働くことができそうです。

2011/07/06

Reeve's T

チョーサーのCTの「家扶の話」。これについて少々講義をすることになり、まずはさっと和訳を読みました。CTでは、例えば「粉屋の話」ならば粉屋が語り手であるという意味であって物語自体が粉屋の話である訳ではない、というようなケースが多くあるのでややこしいのですが、「家扶の話」は粉屋の話なのです。紛らわしい。

それはともかく、「家扶の話」はどんな話だったっけ、と思って「ゆりかごの位置」というキーワードで一気に詳細を思い出すというのも何とも情けないしかも低俗な記憶ですが、講義のトピックのポイントは勿論そんな所にはなく、北方にあります。

つまり、「おかしな北方人」の文学に於ける初出が「家扶の話」であるというのです。私自身裏付けは取っていませんが、ともかく本にそう書いてあります。

和訳を読むと、粉屋の妻と娘を寝取る二人の学生が遥か北の国の出身だということがわかるだけですが、校訂版のThe Riverside Chaucerを見ると、註に(Nth)と沢山付いています。つまり彼らはイングランド北部のdialectを使用しているのです。

上述の本(≒教科書)によれば、現代でもその辺の地域ではこの学生たちの発音が理解されるだろう(!)、リーズなら快適に過ごせるだろう、との指摘がなされていました!

確かに、北方方言を用いたSir Gawain and the Green Knightを講読すると、北部出身の学生が「今でもこの単語使ってます!」と言いに来ると聞きます。


ともかく、「家扶の話」に何がしかイングランド北部が言及されていること自体は知っていましたが、ではそれが何なのか、つまりどういう効果をもたらしたり、作品にいかなる影響を及ぼしたり、或いはどのような表象を為されたりしているのかといった事は分かりませんでした。それだから改めてまずは和訳でも話を読み直してみた訳ですが、学生たちの出身地は細かい情報に過ぎず、原典を読んだり聴いたりしていれば彼らが北部出身だという事を現地の観衆は常に意識させられたとしても、物語の中でそれが大きくクローズアップされたり、非常に目立ったりといったことはありませんでした。例えば、方言を笑われてしまうとか、そういう場面があればわかりやすいのですが、学生たちのdialectは少々ドタバタな結末へと連なる「やられたらやり返せ!」な物語に飲み込まれてしまう気がします。

しかし今書いたように、原典レベルで見れば学生たちの言葉がロンドンとは違うことが常に感じられるわけですから、そうすると物語全体の印象も変わってくるのかもしれません。

そして、折しも大学院では後輩が「家扶の話」に関する研究発表で春学期を締めてくれました。こちらはまた、当時の製粉にまで考慮がなされた、また全く違った視点からの研究でしたが、何というタイミングでしょう。今週は「家扶の話」が最もタイムリーでホットなトピックとなりました。lol