2011/06/14

Englishness

The idea of a single unified England didn't really exist in Alfred's day.

Towards the end of the 13th century, a new idea of the English People was being born.

教えている教科書からの抜粋です。科目は普通の(大学生が大抵みんな取る)英語です。

3月の記事にも少々言及しましたが、国家意識etcの問題については数点だけ論考を読んだことがあり、修士1年の5月に読んだDerek Pearsallの ‘The Idea of Englishness in the Fifteenth Century’ (Helen Cooney編 Nation, Court and Culture: New Essays on Fifteenth-century English Poetry, 2001所収)などが興味深かったのですが、私は決してこうした分野に詳しくはありません。

とはいえ、良くも悪くも密接なフランスとの関係が大きなポイントにはなってくるようです。フランスに広大な領地を有した王、フランスにいた年月の方が長かった王、というのがイングランドに君臨している中で、フランス語のプレスティージ、フランス王との微妙な関係(ヘンリー2世はアンジュー伯としてはある意味フランス王の臣下ともいえたわけで)がある中で、且つフランスに対抗したい・・・という複雑な状況の中で、権威とアイデンティティを確立していかねばならない。そんな中で自国語がフランス語に甚大な影響を受けているというのも皮肉なものです。

教科書によれば、フランス王が侵略の意を表明したに際してイングランド王は英語で返答したとのこと。それでも国政レベルの言語を英語に変更したわけではなく、相変わらず羅・仏の高い地位があり続けたというのもまたアイロニックですが。

まあそれを言い出したらラテン語はさすがに多少は廃れていったとしても、フランス語については上層階級の中で、また法曹界の中で近代まで長く地位を保ったわけですし、今も完全にゼロとはいえません。或る先生が「韓国語は分からない」と仰ったところ、イギリス人に不思議そうにされたそうです。大学教授のような人ならば、隣国の言語は普通に知っているだろうとassumeされていたという訳なのです。では、イギリスの大学の教授陣は皆々フランス語は当たり前に知っているのでしょうか?

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