2011/06/20

Boydell & Brewer Special Offers


なんと、「valid globally」です。
ポンドも相変わらずの下落が続いているうえに、日本への発送までも送料無料というのは大変に大きいメリットです。この機会にオンラインショップをぜひ。

2011/06/19

JSMES東支部

の研究発表会が中央大学(八王子)で開催されました。
今回はシンポなどもなく、研究発表5本をひとつのルームで一挙にやるという例年に比してもたいへんコンパクトなものでしたが、逆に幅広い内容の発表を一気に聞けるというメリットも生まれました。4時間ぶっ通しで座っていたので、骨が痛みましたが。

去年受け持ったクラスの複数の学生と全く同じミスが発表中にあるなど、何だか稀有な事もありましたが、内容的に斬新だったのはやはり動物についての研究発表でした。考えが違う人間を消すということも普通にあったような時代に、ましてや動物を大事にしたか。今で言うPETAの活動のような考え方はなかったかもしれません。
騎士が愛馬を失った際にリアクションなし!という指摘も面白かったです。名前までついているのに・・・。
内容が追いやすく、テーマが目新しかったので聞いていて楽しい発表でした。情感溢れる朗読も良かったです(思わず手を広げそうでした)。ふと思った事は、逆に動物から人への気遣いについてです。中英語版のYwain and Gawainでは、主人公イウェイン卿と共にいるライオンが、イウェインが危険な目に遭っていると「(ライオンが加勢するのはズルいと相手に言われたことなどをふまえて)干渉せずおとなしくしていろ」と諌められていたのも聞かず、「イウェインがこんなに難儀しているのに、ああもう見ていられない!」とでもいったように結局助太刀してしまうという場面が複数回あります。そのライオンのイウェイン想いの様子は、なんとも心に響くものがあります。

発表者の方がcat personだということで、猫の話も出たのですが、Ancrene Wisse (c. 1200)にはPart VIIIの結構最初の方に"My dearest sisters, unless need drives you and your director advises it, you must not have any animal except a cat."という戒律が記されています。発表者の方にお訊ねすると、これはrodent(学生の皆さん、これは今週の新出語彙ですからしっかり覚えて下さい)対策のためではないかとのことでした。が、私は修道女の心の支えになったと勝手に信じています。
また、Luttrell Psalterにも言及されていました。この写本についてざっと知るにはミシェル・ブラウンのThe World of the Luttrell Psalterがお勧めです。

中世の猫という本も出ると教えて戴きました。これはチェックせねば。。。「中世における猫」を趣味的研究テーマにします(笑)。


懇親会に出て(4000円。。。)、カフェって、と何やかんやと23:20に帰宅しました。2時間10分で行けたのは驚きでした。しかし通勤経路経由で帰ることになるとは思いもよりませんでした。同専攻の方々との交流によって、停滞している研究の方を何とかせねばという気持ちになりました。何とかします。

2011/06/14

Englishness

The idea of a single unified England didn't really exist in Alfred's day.

Towards the end of the 13th century, a new idea of the English People was being born.

教えている教科書からの抜粋です。科目は普通の(大学生が大抵みんな取る)英語です。

3月の記事にも少々言及しましたが、国家意識etcの問題については数点だけ論考を読んだことがあり、修士1年の5月に読んだDerek Pearsallの ‘The Idea of Englishness in the Fifteenth Century’ (Helen Cooney編 Nation, Court and Culture: New Essays on Fifteenth-century English Poetry, 2001所収)などが興味深かったのですが、私は決してこうした分野に詳しくはありません。

とはいえ、良くも悪くも密接なフランスとの関係が大きなポイントにはなってくるようです。フランスに広大な領地を有した王、フランスにいた年月の方が長かった王、というのがイングランドに君臨している中で、フランス語のプレスティージ、フランス王との微妙な関係(ヘンリー2世はアンジュー伯としてはある意味フランス王の臣下ともいえたわけで)がある中で、且つフランスに対抗したい・・・という複雑な状況の中で、権威とアイデンティティを確立していかねばならない。そんな中で自国語がフランス語に甚大な影響を受けているというのも皮肉なものです。

教科書によれば、フランス王が侵略の意を表明したに際してイングランド王は英語で返答したとのこと。それでも国政レベルの言語を英語に変更したわけではなく、相変わらず羅・仏の高い地位があり続けたというのもまたアイロニックですが。

まあそれを言い出したらラテン語はさすがに多少は廃れていったとしても、フランス語については上層階級の中で、また法曹界の中で近代まで長く地位を保ったわけですし、今も完全にゼロとはいえません。或る先生が「韓国語は分からない」と仰ったところ、イギリス人に不思議そうにされたそうです。大学教授のような人ならば、隣国の言語は普通に知っているだろうとassumeされていたという訳なのです。では、イギリスの大学の教授陣は皆々フランス語は当たり前に知っているのでしょうか?

2011/06/12

書簡の解釈

中世ヨーロッパで例えば修道士などが交わした書簡について、その愛情溢れる文面をどのように解釈するかは意見の分かれるところです。
とはいえ、額面通り受け取るにしてもJohn Boswellが論じているほど字義通りの解釈はさすがにやり過ぎではないかと思います。Boswellの論は非常にはっきりとした立場を取っており、「このような文面だからゲイだ」のようにシンプルに主張しているため、当然反論も多く生み出しており、よく言及されている(=学術的に有名)のを見かけます。

現代であれば手紙は、企業の担当者同士のオフィシャルなやり取り等でなければ自由に書くことができ、confidentialにもできます。しかしその場合ですら、例えば「Dear Taro」と書いたからといって本当にタロウさんが親愛なる存在であるとは限りません。
ましてや中世期の書簡となれば、送る際にも到着して読まれる際にも、宛てた相手の人のみに読まれるということは想定していないといってよく、そもそも口述筆記で書いている場合さえあります。さらに、ars dictaminisの伝統も無視できません。必ずしも書簡に限らず、そもそも文章作成というもの自体、 J. J. Murphyが論文 ’The Arts of Poetry and Prose’ (The Cambridge History of Literary Criticism 第2巻所収)で言うところの「規定された形の中での創造」であったのではないかと。

少なくともars dictaminisについては、マニュアルのような著述が約300も在り、やはり様式や、敷衍法、短縮法など修辞学的な技巧といった既存の形式が存在したわけです。

このような様式的な、且つ決して親展ではないwritingの中で綴られる言葉の数々が、果たしてどれだけ個人的心情の率直な吐露であるか・・・

Julian Haseldineは、会ったこともない人にさえ親愛なる文面で綴られている実例を挙げ、「personalでpassionateであるがprivateではない」と論じています。このあたりの解釈はBrian Patrick McGuireの著書、Friendship and Communityではまた少々異なってくるようです。Boswellほどではないにしても。

McGuireの著書はルーテル学院、東大にしか所蔵がないため、取り寄せて読まねばと何年も思っているうちに、ふとamazon.co.jpで見ると昨秋pbkが出版されたらしく3000円台で売られていたので、即購入しました(そして即配達されてきました)。McGuireの論考を読むといいよ、とBob (Dr Robert Mills, senior lecturer at English Dept., KCL) に言われていたので、これはじっくり調べたいと思います。

2011/06/03

TOEIC and the Danes

授業ももう5回ぐらい済んで、少々だれてきた気もするので、このあたりでTOEIC練でも取り入れようかと思います。なぜかすでに皆受験させられているということですが、皆どの程度のスコアが取れているのかは聞いていません。

まずはリーディングのクラスでTOEICの内容をやろうかと思います。私が受験してからもう8年も経過してしまい、その間に変化もありましたから、まずは現在のTOEICの姿から学習し直さねばなりません。とはいえ、火曜日に買ってきたロングマンの教材を見る限り、そうドラスティックには変わっていないようです。
リーディングパートでは色々な文章がちゃんとそのデザインで出てくるので、フォントや体裁がいろいろです。つまりリアルなのです。実際に本当に色々な物を読んでいる感覚で取り組めるので、長文ごとに気持ちを切り替えることができ、延々と書いてある長文を読むより楽に解けます。
このパートのもうひとつのポイントはスピードです。時間が足らないという話をよく聞きます。これを克服するには大量の英文を読んだという経験と、テクニックが必要です。



一方、レクチャーのクラスではデーン人が登場です。まさか語学の授業でデーン人に言及することになるとは・・・(笑)。そろそろ、英国の国家意識について考えさせられるを得ない内容に入っていきます。英語・フランス語・ラテン語の3言語文化&英語文学不毛の時代、それから復権(?)へ―各言語のプレスティージ、使用されるコンテクスト、暗に織り込まれるプロパガンダ、と興味深いトピックは尽きません。正に半学半教です。