2011/05/20

I'm so embarrassed I could die!

さて、今週も仕事が終わりました。通勤が思ったより楽なこともあって、思ったほどキツい状況にはなっていないです。仕事も大事ですがネタ切れで停滞している博士論文の方も何とかしなければなりません。月火水は授業の準備、木金土日は研究というスケジュールでいきたいと思います。
それにしても、講義では今までの人生でもやったことのないような(!)読み間違いをなぜか咄嗟に連発してしまい、自分で気付いて訂正はしたものの、「誰にでも間違いはある」とはいうものの、本当に恥ずかしい事でした。折しもラジオ英会話今週のテーマが"Learning from mistakes"。過ちを繰り返さないようにしたいです。こういうのはいつまでも覚えている性格なので、一生忘れないと思います(苦笑

また、通常の語学と同様の準備をして行ったら、はっきり言って不足でした。科目としては語学でも、形態が講義であるので、学生を指名することもなければ黒板に書いたりすることもありません。ひたすら自分が勝手に説明を続けるのです。

私たちが普通に日本語を使っているからといって、では外国人にいきなり日本語を解説できるかというと、「こういう表現をするんだよ」と紹介すること自体はできても授業のようなことをやるのは意外と困難であるのと同様で、英語も、教科書を自分で読む分には当然理解できるし、知らない単語すらまず無いわけなので、よくわかった気になります。しかしそれを改めてイチから説明しようとすると、意外と難しかったりするのです。また、余程複雑な長い文章あるいは逆に非常に短くて「I love you」程度にシンプルな文章はいいのですが、その他大半を占める「特別難しそうでもなければ平易すぎるわけでもない文章」について、どこまで解説したら良いのか悩みます。学生を当てる事もなく、試験の採点も他人が行うとなると、学生の理解度・英語力を推し量る機会がありません。その結果、学生からすれば「・・・別にここはわかるんだけど普通に」と思われるポイントを講義しているかもしれないし、「ここがよくわからないです・・・」というポイントをスルーしてしまっているかもしれません。もちろん英語の理解度に各人差があるでしょうし、一概にはいえないのですが。


他の先生も仰っていましたが、専門課程の科目と違って語学の授業は教員にとっては最悪アドリブでもできます。「教材の文章の意味がわからない。。。」という事はあり得ないわけですから。
だから、何も解説内容をみっちり準備していかなくても、その場で説明はできます。ただし、とっさに説明しようとすると、「訳をつけて解説するならどういう言い方(訳し方)をするのがいいか」とか、「一番的確な訳語は日本語でいうと何か」とか、一瞬の迷いが意外に生まれます。そうすると、言葉に詰まったりしてしまうわけです。


自分には何でもなくわかることをどう講義するか。しっかり練って次回にのぞみたいと思います。自分にとっては平易で当たり前のことですらも教科書に書き込んでおこうと思います。私にはやり直しがきいても、学生たちにとってはその授業各回が一度きりのこと。良い教育が提供できるよう頑張ります。

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