2018/04/07

スケジューリングの力

春休みも今日を入れてあと3日となりました。本当に77日もあったのかと思う程早く過ぎ去りました。
やってもやっても終わらない長い長い春学期が控えています。6月頃には「もうこれ以上働けない」というほど疲れて、ほぼ必ず何らかの人生初の症状に見舞われるので(人生最長の風邪など)今年も心配です。パートタイマーでこれだけ疲れるのであれば、フルタイムになったらどうなってしまうのだろうというのが非常に不安です。


先に学会発表原稿を書いてから研究を進めるという変則的なやり方をしましたが、これはこれで良いところもあったなと感じています。
研究不足のまま字数の充足だけを目標に書いた原稿は当然ひどい出来上がりではありますが、とにかく自分の考えたことが書いてはあるので、一応自分の思考を言語化したところで様々な論文を読むと、ひどいなりに書いたものを多角的に見られて、どんどん考えが深まります。

今では自宅からでも勤務先②の大学図書館のデータベースに接続して学術雑誌に掲載された論文のPDFファイルをダウンロードできますが、このサービスは手放し難いですね。
以前は専任教員・学生のみのサービスだったのですが、非常勤講師にも使えるようになったことで、格段に文献集めが楽になりました。勤務先②の、自宅から近いほうのキャンパスに行くのでも片道700円はかかりますし、このサービスは本当に助かります。
このサービスを、有料でもいいので卒業生が使えるようにしてくれたらいいのにね、ということを以前後輩に言ったら、賛成してくれました。あまりにもデータベースの充実度が他大学と違うので、仮にこのようなサービスがあったら、年間2万円ぐらい喜んで払います。いや、月々5000円でも払うでしょう。それぐらい捨て難いサービスです。
学術的な面以外でも、日常生活において、新聞や雑誌のデータベースも週に複数回使っています。こちらも手放せません。将来勤務先②に所属しなくなって、これらのデータベースが使えなくなったら、日々大きなストレスを感じることでしょう。


さて、77日もあった春休みには、スケジューリングを採用しました。
『できる研究者の論文生産術』でも、とにかく論文執筆のスケジュールを割り振ることが徹底して主張されています。というか、本書の主張はそれだけです。
週4時間確保するだけでも随分違うとのこと。ウイークデーだけを使う前提で、一日48分です。
本書では、時間があれば書けるのにとか皆言うけど、結局決まった時間に毎日TV見たり授業したりしてるじゃないか、というつっこみがあります。同じように、授業時間のように、「論文執筆(文献読みなどの、執筆に必要な作業も含める)の時間」というものを入れて、極力その時間を死守せよというわけです。
アメリカの大学のスタディスキルズのホームページでも、スケジューリングが推奨されていました。
そこで、いろいろ検索した結果、Excelのテンプレートなども試したのですが、結局は、個人的に気に入ったScatteredSquirrel.comのプランナーのうち、一つを選んで、ほぼ毎日使いました。
このデイリープランナーは、早朝6時から夜の12時半まで30分刻みに欄があるので、起床・朝食後、時には30分刻みでその日の予定をたてて取り組みました。

これまで長期休暇中は、専門書・学術雑誌講読などの研究関連の作業をするとそればかりになってしまって趣味ができない、趣味に時間を使うと研究がおろそかになる、という事態が生じていましたが、デイリープランナーを使ったところ、研究対象の文学作品を読み、論文を読みつつ、趣味の語学や読書もできて、充実感がありました。取り敢えずは、書籍や教科書、参考書を15冊読めました。その他、マーフィーの英文法などの練習問題を解いたり、Wheelock's Latinを進めたりもしました。論文は2言語で11本ぐらい読みました。まだまだ論文と専門書を読まなければなりません。来週火曜日から授業が始まるので、学会に向けて、9コマの授業と研究の進展の両立が課題ですが、今年初めて使う教材は3冊と例年より少ないので、何とかなると信じたいです。(笑)とにかく、あとたった1か月少々ですから、全力で頑張りたいです。

このようにデイリープランナーには良い効果があったので、学期中の休日(金土日)にも使おうかなと考えています。授業日(月~木)はひたすら授業準備で終わるでしょうから、予定も何もないという事態になるかなと。
デイリープランナーは一日の振り返りにも有効です。必ずしも予定通りにいかないこともしばしばですし、予定以上にパソコンを使い過ぎたなあ、などと夜に振り返ることができます。



明日は毎年楽しかった学会役員会議です。私は任期満了ですのでもう出席しませんが、決算報告作りという最後の業務はまだ残っています。
とはいえ、今年は出費の件数が少なく、領収書をノートに添付し、出納簿を完成させる作業もあっという間に終わり、検算したところ、自分の作った書類と通帳の数字がぴったり合いましたので、問題なさそうです。あとは、別口座に入っている年会費収入の移動と会計監査を待つのみです。
4年間学会の通帳を持ち続けてきましたので、早く次の先生にお渡ししたいですね。(笑)自宅に学会の通帳があるというのはやはり何となく気になりますし、書類や過去のノートなど結構場所を取るものです。
以前も書いたように、この仕事は、年度末に領収書添付などの作業にちょっと時間を取られるのと、4~6月にゆうちょ銀行のATMに寄ることが増えるというだけのことで、年3回の会議のうち2回は学会当日(つまり、「どうせ学会に行く」という状況)だったので、特に負担になるものではありませんでしたし、何よりいつも会議が楽しかったです。
小規模とはいえ、学会の決算報告が自分で作ったものだというのはちょっと緊張感を覚えることではありましたが、ぴったり数字が合った時の「やった!良かった」という気持ちも達成感がありました。
1年間、領収書を紛失しないように取っておくことも多少の緊張感のようなものがありましたが…
4年間あっという間でしたが、貴重な経験をさせていただきました。お世話になった役員の先生方には改めて御礼申し上げます。

2018/03/05

学会発表原稿執筆

今日は台風接近中としか思えないような天候です。湿度も高く、寒さがゆるんだどころかもはや暑さを感じるような今日この頃です。

5月の学会発表の原稿執筆ですが、量的には先程終わりました。しかし字数を充足しただけです。
何も書けていないのが気にかかって仕方なかったので、とにもかくにも量だけ間に合わせることを第一に打ちましたので、これから大幅に書き直していかなければなりません。
今度扱う作品の主人公の自己同一性はまさしくシュレディンガーの猫のようなものだといえます。
量子力学的自己同一性ですね(笑)。

一日中パソコンに向かう生活は久々ですが、少々目が疲れる気もします。そもそも目の疲れというもの自体基本的に無縁なのですが、年を取ったということでしょうか。博士論文を書いていた頃などは、一日12時間はパソコンがついていましたけれども、特に目の疲れはありませんでした。
曲がりなりにも一旦原稿を書いたということで今日は一度パソコンを閉じて、画面ではなく書籍の紙面に向かいたいと思います。

ところで、今度メインで扱う作品の写本は、見つかっている限り1冊しか残っていないのですが、その写本の内容をとりあえず(その写本を所蔵している英国の)大学図書館のオンラインカタログで調べました。何かの作品を新たに取り上げる時には、必ず写本の中身を調べる癖がついています。当該写本は1911年に、英国貴族の館Wollaton Hallにて、「old papers---no value」と書かれた箱に入っていたのを発見されたとのことです。箱にはイングランド王ヘンリー8世からの書簡も入っていたとかで、no valueどころではありません(笑)。その貴族の館は現在観光できるようで、紹介動画はここにあります。

写本は様々な作品が入ったもので、物語・ファブリオ系の一冊でした。上記大学図書館のオンラインカタログでは、一冊の写本に入っているそれぞれの作品の出版情報も書いてあって非常に便利でした。しかも、その写本を底本にした書籍なのか、同じ作品だけれども違う写本を使ったものなのかまでが明記されていたので更に便利でした。ほぼ全ての収録作品について、まさにこの写本をもとにした校訂版が刊行されているようでした。
ジャンルだけから安易に判断すると、楽しく物語を読む・聴く感じの、娯楽目的の一冊だったのでしょうか。但し、(いつの時代にかまでは書いてありませんでしたが)再製本されているということでしたので、中世人が今残っているままの内容でこの写本に接したとは限らないようです。取り敢えず現時点での収録作品数は18で、そこに83もの細密画(オールカラー)も添えられています。短いファブリオ以外は全ての作品に細密画が入っているようです。収録作品の言語は一言語だけです。

2018/03/03

新刊情報―The Invention of Race in the European Middle Ages

 
Geraldine Hengの研究書は以前記事にしたと思いますが、今度このような研究書(ハードカバー、現在日本のアマゾンだと5770円)が出るようです。表紙もかっこいい感じでインパクトがあります。
「人種」「人種差別」といった観念は現代の産物であるという考え方を問い直す一冊のようです。非常に興味深そうな一冊ですが、購入を検討する価格ではありません(苦笑)。研究書は内容も古くなってしまいますし、研究文献よりも作品の本の購入を優先しています。
 
ところで、来年度ご定年と思い込んでいた先生が、実は早生まれでいらっしゃったために今月を以て定年退職となるということを先週初めて知り、大変驚いている次第です。なぜ、皆一年以上前から最終講義の話をしているのだろう?とかねがね不思議に思っておりました。専門分野は違いますが、学部時代、いえ、厳密に言えば高校時代から今までお世話になりました。本当にありがとうございました。

2018/02/08

Silence読了

5月の学会発表で取り上げる作品を、漸く一昨日読み終わりました。
Silenceは13世紀フランスの、韻文で書かれた物語で、同名の女性主人公のストーリーです。

<あらすじ>
イングランド王Evanはノルウェー王女Eufemeと結婚する。王の臣下Cadorはドラゴン退治の褒美として、コーンウォール伯の娘Eufemieと結婚する。
ある伯が双子の姉妹と結婚して、どちらが長女をとるか(相続狙いで)争った挙句相討ちになってしまったため、こんな理由で伯たちを失った王Evanは女性の相続を禁ずることにした。
そんな中、CadorとEufemieに子供ができる。相続ができるように、例え女の子が誕生しても男の子として育てることに決め、結局女児が誕生したため、Silenceと名付け、男児のふりをさせて養育。

成長したSilenceは王Evanの許に出仕するが、そこで王妃EufemeがSilenceに恋してしまう。Eufemeの誘惑をはねつけるSilenceに怒った王妃は、「Silenceに迫られた」と嘘を言って夫である王に復讐を迫る。仕方なく王は手紙を持たせてSilenceをフランス王の許へやることに。
しかし、王妃は自ら、Silenceを死刑に処すようにと手紙に書いて王の書簡とすり替えてしまう。

フランス王の許に到着したSilenceだが、フランス王は書簡を見て葛藤し、臣下の伯たちの「こんな手紙をイングランド王が送るでしょうか?」との助言により、Silenceが持参した書簡を同封した手紙を王Evanへ送付。

イングランド王Evanはフランス王からの手紙を読み、同封されていた自分の手紙を見て、自らの書記を問い質し、王妃の仕業と気付くが、面目を保つためさしあたり他人のせいにしておく。

やがて騎士叙任されたSilenceは武勇に優れ、イングランド王に対する反乱の戦が起きると王Evanに呼ばれ、王を助ける。再びSilenceに迫った王妃は拒まれた為、王に「Silenceに迫られる」と訴え出て、国王夫妻は「女性の策略によってのみ捕らえられる」という魔術師マーリンを連れてくるという無理難題をSilenceに課すことにした。

しかしSilenceは実は女性なので結局上手くいき、マーリンが全てを暴露して、王妃は四つ裂きの刑に。女性の相続も再び認められ、Silenceは王Evanの妃となった。





ということで、大筋はありがちな感じではありますが、NatureとNurtureが普通に登場人物として出てきて互いに喧嘩したり、言葉遊びのようなところがあったり、(当時のミソジニー伝統に比すれば全く大したものではありませんが)女性批判があったり、当世批判が結構あったり、Silenceに迫るイングランド王妃とSilenceの母親のコーンウォール伯令嬢とが酷似した名前であったり、色々と興味深い点が多く、是非多くの方に読んで欲しいと思った作品でした。文学研究において様々なアイディアを考えるのが得意な人なら、かなりの材料が見つかりそうです。

本作はマーリンが登場し、重要な役割も果たしますが、円卓の騎士やアーサー王自身が登場するわけではないので、「アーサー王伝説」のくくりには入れられない気がします。聖杯も勿論言及されません。
とはいえ、マーリンが、「靴買ったってあの人すぐ死ぬのに」と予見した有名なエピソードがなぜか入っている他、Silenceがマーリンを捕らえる時に、マーリンの死を求める理由として「私の祖先(=アーサー王の母イグレーヌの夫)を殺したから」と述べて、Silenceがアーサー王と一応遠縁であるということになっています。

2018/01/01

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

例年通り、普段と一切変わることのないお正月を過ごしています。祖父母も全員故人となり、会う親戚もいません。

昨年は取り立てて良くも悪くもない一年でした。今年はまず、日本英文学会デビューがありますので、今から新しい研究を作ります・・・。

年が明けたといっても、日々は連続しているのですし、暦に振り回されることなく、特に今年の目標などを立てることもなく、目の前の課題をこなしながら生活していきたいと思います。

それにしても、無理に応募したために、日本英文学会の発表は非常に気が重いです。初めて出るなら、長年あたためてきたとっておきのテーマで出たかったですが。

1~3月の勤務日数は6日です。行く、逃げる、去ると称されるこの時期は今日から既に過ぎ去り始めているので、今日から無駄にせずに色々なことに取り組みたいと思います。

2017/12/20

期末テスト作り

問題作成は漸く終了しました。(担当は9コマです)

印刷・ホッチキス留め・折りまで済んだのは1コマだけですが、試験問題がA3一枚しかないクラスが3コマある他、置いておく場所が無い為に当日印刷せざるを得ないクラスが2コマあり(但し、元々空きコマがあるので、例年十分間に合っている)、来週授業の合間に作る予定のクラスも2コマあります。

いずれにしても、残る作業は印刷等だけです。

シラバスも前述のようにあと2コマ分だけですし、期末・年度末シーズンの様々な作業も大体終わってほっとしました。


来年度の教科書について、久々に南雲堂の教科書(Reading Pass)を使おうかと思ったのですが、日本の出版社でも洋書系教材であり、リスニング、語彙など様々なアクティビティがあるのは良い一方で、本文があまりにも短くて、UNIT 20まであっても年間30回の授業持つかどうか極めて不安なため、採用は見送りました。1回で1UNIT終わってしまいそうです。

2017/12/16

日本英文学会での発表

来年の日本英文学会で発表することが決定しました。日本英文学会には出たことがないので、発表内容以前に「集合時刻なんてあるの!?」レベルの状況ですが・・・一体どうなることか。大きい学会ですし、少しでも良い内容になるよう今から頑張ります。

実のところ、長年温めていた(自分的に)一番良いトピックは日本中世英語英文学会全国大会で既に発表してしまいましたし、当面学会発表する心積もりは無かったのですが、急遽発表することになりまして、他の原稿の締め切りが迫る中で1か月以上必死に考えて、夢の中でも考えて、パニックになるぐらい考えましたが、思いつかない時は思いつかないものです。毎年スクリーンショットしてある、International Medieval Congress(英国リーズ大学で毎年7月に開催される中世分野の国際学会)のテーマ(毎年、学会全体としての大枠の主題があり、例えばこんなトピックで応募してみては、というお題が毎年沢山示されます)を何年分も見直し、これまで読んだ学術雑誌掲載論文(180本ぐらい)のメモを全部読み直してもまだ思い浮かばず、結局、今度のInternational Medieval Congress 2018のトピック提案の冒頭にあった
  • personal memory, self-fashoning, and identity
と、西洋中世学会学会誌掲載の新刊紹介の為に2011年に読んだ本に収録されていた論文からヒントを得て、これまでに扱ってきた作品を中心に据えて―つまりはその結果としてテーマはありがち、作品は今までの自分の学会発表で使ったもの、という、オリジナリティも新鮮味もないような酷い内容が出来ましたが、今の自分に締切日までに出来たのはそれだけだったので、致し方なく提出し、「これだったら落とされるんじゃないかな?」と思っていたら通ってしまったという次第であります。

会場は東京女子大学です。今度の会場はどこかと尋ねられて東京女子大だと答えると、決まって「あ、じゃ、近いですね!」等と返ってくるのですが、私にとっては寧ろ遠いです。東京女子大学に行ったことはあるのですが(1980年代に!)、その時は車で行きましたし、今の家から電車で行ってどれぐらい時間がかかるのかは分かりません。おそらく、1時間半以上2時間未満ぐらいだと思うのですが、土日は中央線快速が西荻窪駅に停車しませんから、一旦吉祥寺まで行ってからバス(徒歩でも行けなくはありません)ということになりますし(各駅停車に乗り換えるのも面倒ですし)、かなりの時間がかかりそうです。いや、今調べてみたら意外と1時間35分ぐらいで行けそうです。

それにしても、ここまで急拵えの内容ですと、自信が持てるのは発表の仕方(プレゼンスキル的な面)だけです。内容については、もはや、取り繕うという表現が合っているような感じになってしまいますが、現在のままですと、「二次文献で既にこういうことが研究されていて、特に私もそれに異存はない」という程度になってしまいますので、本当にどうにかしなければという。
悪い意味で記憶に残る発表、というのは避けたいところです。

このように不安ばかりですが、今後数か月の間にどこまでまともな内容に出来るかというのが逆に楽しみでもあります。これから初めて読む作品も扱いますからね(笑)。


ところで、そんなことより期末試験を作らなければなりません。問題自体は3コマしか、印刷・ホッチキス留め・折りは1コマしか出来ていません。(但し、印刷は年明けで十分間に合うコマもあります)
一方、シラバスは例年になく早く書き、既に「あと2コマ」という状態です。

2017/12/03

日本中世英語英文学会全国大会

この土日に、池袋の立教大学にて開催されました。

立教大学はほとんど訪れたことがないため、道順を確認しておこうと思ったのに、その作業を忘れたまま外出してしまいましたが、「西口を出て大通りに沿って行って交番の所で左」ということだけは覚えていたので、この道で良かったかな?と微妙に不安を感じつつも無事辿り着きました。
しかし、1、2回通っただけであるために、肝心の立教通りの記憶が一切なく、道が合っているかどうか最も不安だったのが立教通りでした(笑)。こんな道あったかな?と思ってしまいました。

それにしても、そこらじゅうで多くの人がスマホを構えている、それこそインスタ映えしそうなキャンパス。本当に綺麗なキャンパスで実に羨ましいですね。日本の大学ではないかのようですが、広大な敷地ではないのでアメリカの大学風という感じでもなく、何と表現したら良いのか分かりません。
立教と言えば必ず出てくる、つたのからまる建物以外にも結構レンガの建物があるんですね。

土日とも、研究発表の同じ部屋に居ました。教室の照明がやや暗かったのが気になりました。

研究発表はどれも興味深く拝聴致しました。
いつも学会に出ると、発表に加えて学会員(学生含め)との交流を通じて刺激を受け、頑張らなければという気持ちが物凄く湧いてくるのですが、今回はそのような気分になれませんでした。それは、研究発表のせいでは全くありません。発表が良くなかったということはなく、ただ単に、自分が一体何をやっているのだろうという気持ちにとらわれたままでした。
キャリア街道を邁進しているわけでもなく、かといって子育てに専念しているわけでもない。良い研究テーマは既に発表してしまって、現在取り組み中の(自分にとって)面白いトピックもない。その時書いたように、夏~秋には1か月以上テーマを考えに考え続けましたが、良いものは一つとして思い浮かびませんでした。
作品を読むのは今でも非常に楽しいのですが、それは研究とは関係ない話―単に私が読書好きだというだけの話です。



1日目は、どうしても観たい番組があったので懇親会を欠席して帰り(去年など、懇親会費だけ払って出ていません)、2日目の今日は会議で9時に登校。中途覚醒後二度寝出来なかったので、今日は実質5:40起きです。
大学まではdoor to doorで1時間20分で着けたので、イメージ程遠くはありませんでした。
役員としての会議も一旦はこれで最後となりました。「一旦は」というのも、おそらくそのうちまた何らかの役員にスカウトされることもあるだろうからです。役員というのは大体、現役員の知人の中から選ばれていくわけですし、そもそも学会に来ているメンバーに依頼をするわけですから。但し、出来れば、非常勤のうちは一寸ご遠慮させて戴ければありがたいです。
そういえば、非常勤の役員に交通費を支給しようという話になっているようですが、非常勤であっても、自腹である事には変わりないとはいえ、それが大きな負担にならないケースもあるのではないでしょうか。けれども、独身限定、とする訳にもいかなさそうですし、少し複雑な思いでもあります。


月曜日は幸い、15時過ぎに出勤するので、今日は土日の疲れを少しでも取りたいと思います。


とはいっても、冬休みに入る前に期末試験を―内容だけでなく物としても―作っておかねばなりません。年明けすぐ期末という曜日もありますので、年内に準備しておかなければ間に合いません。印刷・ホッチキス留め・折り は相当の時間を要しますから、少なくとも来週から印刷等を始めなければなりません。パートタイマーにとっては年度末が近づいて参りました。

2017/11/03

学園祭休み

非常勤先の2大学で、今週学園祭が行われるため、今週は水曜から全部休みです。

抱えていた締切2つも終わりましたし、古仏語著述の前書き(もちろんここは現代仏語で書かれている)をゆっくり読んでいますが、19世紀に出版された校訂版であるせいか、前書きが既に難しいのですが・・・。(苦笑)
ある意味では「現代仏語」ではありませんからね(笑)。
まだ10ページしか読めていませんが、電子辞書の検索履歴は既に500を超えました。
一体いつ本文に辿り着くのかという情けない状況です。(そして、本文が解る自信もありません)



それにしても、つい先日今年度が始まったように思いますが、もう11月。読書の秋、芸術の秋などと言っているうちにもう冬が近づいてきましたね。まだまだ先のことと思っていた日本中世英語英文学会全国大会も早くも1か月後に迫りました。
今学期はこれまでせわしなかったので、今月は少しゆっくりと勉強や授業準備に取り組みたいと思います。

2017/10/22

新しい研究

8月末から考え続けてきた新たな研究テーマですが、一旦設定してみたところ、あまりにも反証が多過ぎて酷すぎると思い、また考え直しました。が、これもまたオリジナリティが殆ど無い。
実験や仮説、データ等とは無縁の分野で良いテーマを見つけるのは至難の業です。まあ何とか形に出来ればと思いますが。以前から気にかかっているフランス語の作品をどうにか取り込めればと思っています。英文学の研究なのに、フランス文学の作品を取り上げるように強引に持っていく感じになってしまいました。(笑)どうなることかという感じです。

今学期は春学期から続く9コマを担当しながらも、超特急で研究書を一冊読了したり、大学院時代に読んだ文献をひっくり返したりと、かなり研究面にも時間を使う学期になっていて新鮮です。いや、「新鮮」ではいけないのですが…。
必要があって大学院時代の授業関連のWordファイルを外付けHDから取り出して読んだのですが、今振り返ると凄い事を勉強していたなと。Geoffrey of VinsaufのPoetria novaとか。書簡術などもお馴染みのトピックですし。

今度の日本中世英語英文学会全国大会では馬に関する発表がありますが、動物も前々から気になっているテーマではあります。中世のペットの論考でUCLから博士号も出ているのですし、中世ヨーロッパには動物寓話集(bestiary)というジャンルの著述もあるわけですから、実はしっかり研究することは十分に可能なテーマ。実際、私の学位論文に対する英国の研究者からのコメントにも、動物が言及されていました。
物語中では子供たちをさらう動物もいます。Sir Isumbrasではライオン、豹、ユニコーンに、Octavianではサルとメスライオンに子供たちがさらわれますが、Sir Isumbrasの場合は後に成長した子供たちがそれぞれの動物に乗って戻り、戦いの勝利に貢献します。
中英語ロマンスにおいて、取り敢えず単にストーリーの上で印象に残る動物はやはりYwain and Gawainに出てくるライオン(どこまでもYwainを助け、支えてくれる)と、Bevis of Hamptonの馬Arundel(忠実な馬で、最期は主人公夫妻を追うように死去)です。ペットではありませんが、大事にされ、主人公の支えになってくれている動物たちです。
先述の英国の研究者に、ロンドンでの学会発表のついでに大英図書館でお会いした時は、鳥獣戯画の扇子を差し上げたところ、自分が動物に関心があることを知っているからだよね、appropriateなギフトだ、と仰っていただけました。
但しクイア理論なども積極的に取り組まれている先生のご関心は「interspecies desire」。ミノタウロスみたいな…いや、違いますか。


早くも11月が近づいてきました。11月の勤務日数は何と15日。月のきっかり半分は休みということです…。今月締切を二つ抱えているので、そして11月はプレゼンクラスのプレゼンが始まり、1コマ分授業準備がなくなるので、来月になったら時間的余裕が出来ます。先ずは中世フランス語のtreatiseに挑戦してみようと思っています(指導教授であった先生に前々から言われている作品ですので)。中世フランス語の授業は大学院で履修はしたのですが、まだまだです。そんなところに、思わぬところから、古仏語文法がフリーでDLできる学者のサイトを紹介され、DLさせて戴きました。
ところで、読もうと思っているそのtreatiseは、ネイティブではなく、学習したフランス語で書かれたもののようです。このこと自体が興味深いですね。中世の語学学習や、何語で書くかという選択については関心がありますし、この前読み終わった研究書でも触れられたテーマですから。